年末-詩

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年末-詩

1年が
1日のように終わった

あらゆる苦痛を味わいながらも
もがいて最後まで
生きなかったら
何を得ただろうか

苦労も多かったが
得たものも多かった

涙で種を蒔(ま)いたら
喜びの声をもって
刈り取るようになった

天に仕えて生きたから
甲斐ある1年だった

永遠に記憶に残る年になった
永遠まで復活して
生きた年……

あの天の国に行って考えても
忘れられない年だ

私が生き返ったから
この世のすべての命
生かすようになった

再び訪れる年も
天に仕えて
輝かしく
天の御心を広げて生きよう

摂理の鄭明析牧師の詩

 

年末-詩

私がこの一年、霊魂肉が生きて終わりを迎えられたことを感謝します。
一年が終わってみると、個人も家庭も民族も世界も
苦労が無かったわけでなく、涙が無かったわけでもない。

 

それでも神様がたくさんのものを得させてくださったから
私は今、ここに生きることが出来ている。

 

その一つ一つに私は感謝したか。
その一つ一つを私は覚えているか。

 

大体、してあげたほうは良く覚えてるけれども
もらったほうが覚えていないことは世の常だ。

 

私がもらったもの一つ一つ、全て神様の心が入ってるもの。
忘れてしまったものまで含めて、気づいてないものまで含めて神様に感謝します。

 

本当に今年も
同じ一年をもう一度歩みなさいと言われたら
正直、躊躇してしまう。

 

しかしこの一年が永遠に記憶に残る一年になったことは言うまでもない。

 

それだけ、神様に立ち上がらせてもらって私はここまでこれた。
これを奇跡と言わずなんと言うだろうか。

 

私の生き返った部分で、誰かを生かすことが出来たのであれば
これ以上、名誉なことも誇ることも無い。
それをさせてくださったのは全て神様だ。

 

ああ、神様も今年、ホントに苦労なさった年。
本当に神様もお疲れ様です。

 

今年、出来なかったことを真摯に悔い改め
全てに感謝し
来年もその次も、命ある限り、あの世に至る永遠までも
神様の前で、輝かしく生きる人になろう。

投稿者プロフィール

RIO
東京都出身。高校生の終わりごろ、摂理教会に来てから早21年。教会内のあらゆる役割を経験。
現在は、つくば市在住。教育関連事業で邁進中。
好きなものは猫。
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