どんな時に物と事物を見たか どんな時に人を見たか

<心と考えと感情>に従って見え、主管を受ける。

<人の心と考え>は時に従って違って見え、感じる。視力が落ちるように「判断と考え」が落ちる時がある。その時に見たら正しく見えず、その時に判断したら正しく判断できない。

一日を生きても瞬間、目がぼやけて性能を果たさない時があるし、目がすっきりして性能をちゃんと果たす時がある。心と考えもそうだ。

どんな時に物と事物を見たか。どんな時に人を見たか。‐これが本当に重要だ。考えと判断が完全か、ぼやけているか。‐これに従って「正常」に見えるか、「非正常」に見えるかが、左右される。

-摂理 キリスト教福音宣教会 御言葉より

投稿者プロフィール

RIO
東京生まれ東京育ち東京在住(西の方)
教育関連事業、保育士、ライター、HP作成等。

高校生の終わりごろ、摂理教会に来てから早23年。
◆年齢:山ちゃんと同じ

教会内のあらゆる役割を経験。

祖父はお坊さん。
 
【好きなもの一覧】
◆食べ物:野菜、味噌汁、卵、ラーメン
◆映画:踊る大捜査線、ジブリ
◆漫画:キャプテン、スラムダンク、コナン、るろ剣など(全てあげたら書ききれない)
◆キャラ:ピッコロ、剣心、般若、安慈、イガラシ、流川、三井、木暮、赤井秀一
◆ゲーム:ドラクエ、FF
◆芸能人、著名人:YOSHIKI、織田裕二、NON STYLE
◆スポーツ:高校野球、フィギュアスケート
◆尊敬する人:強い、頭の回転が早い、頭がいい、柔軟
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