鄭明析牧師 絵画≪運命≫について-経緯と手法からの考察-

こんにちは、ことりです。キリスト教福音宣教会の教会に通う主婦です。社会人の時に通信教育制の芸術大学で博物館学芸員の資格を取得したということもあり、教会では、教会が所有する美術作品の管理を担当させていただいています。
趣味は美術鑑賞です。(最近は2歳の息子に翻弄される毎日で、出来てきませんが…)
美術史を学んだり、作品を鑑賞する中で考えたこと、感じたことなどを書いていきたいと思っています。今日は、私が感銘を受けた現代の絵画作品について書きたいと思います。

目次

絵画の歴史

まずは、現代までの絵画の歴史について簡単にご説明します。
人類が築いてきた絵画の歴史は、紀元前1万~1万8000年≪アルタミラの洞窟壁画≫の豊猟祈願の動物像から始まり、宗教画、肖像画、風景画、風俗画など「何を、いかに本物らしく描くか」を試行錯誤し、写真機の発明以降は「何をどう描くか」を巡り、色彩・視覚の革命を繰り返し、戦後以降は「何が芸術か、芸術で無いか」を問題視し、多様な価値観が生まれ、交錯し、現代に至ります。現代アートは「思想の戦い」とでも表現すれば良いでしょうか。作品を通してその人の人生、思想を知ることが出来るというのが、現代アートの醍醐味かもしれません。

鄭明析牧師≪運命≫について

経緯からの考察

今日は現代作家の一人、キリスト教福音宣教会創始者の鄭明析牧師の≪運命≫という作品を、経緯と手法から考察しようと思います。

鄭明析牧師 運命 絵 アルゼンチンアートフェア
≪運命≫(1998)CGM鄭明析牧師サイトより

アルゼンチン・アートフェア出展の経緯~「神の境地」と称される~

1998年に制作された墨絵の作品です。2011年に開催された「アルゼンチン・アートフェア」で、代表作品として選ばれました。2011年の初め、キリスト教福音宣教会のメンバーが、ギャラリーを運営するお父様に同行し、ニューヨーク・アートフェアで展示をしていた際に、アルゼンチン・アートフェアの会長に鄭牧師の作品を紹介したところ、大きな関心を寄せられ、同年7月に開催されるアルゼンチン・アートフェアで、韓国のギャラリーでは唯一の招待を受けて、鄭牧師の作品3点の展示が実現しました。

アートフェアとは、さまざまなアート・ギャラリーが一同に集まり、展示販売する催しです。アーティストにとっては新作発表の場、コレクターやギャラリストにとってはアート市場を探る情報交換の場、一般客にとっては新たな作品の鑑賞の場として、多角的な役割を担っています。高額な出展料や厳しい条件を課せられるところや、新興ギャラリーに特化して敷居を低くしているところなど、多様なアートフェアが各国各地域で開催されています。いずれにせよ、ある一定の条件をクリアする必要があり、誰も彼もが出展できるものではないようです。

アルゼンチン・アートフェアには、全世界3000人あまりの有名な作家たちが参加しましたが、その中で鄭牧師の≪運命≫が代表作品に選ばれるようになりました。このことはアルゼンチンの国営放送をはじめとして、新聞や雑誌などでも紹介されました。現地では、「世界的に有名な作家がアルゼンチンに来た。この方の作品は神の境地であり完璧だ」と称賛の声が上がったそうです。(チョウンソリ 2011年8月号、p.24-27より)

この経緯を聞いて、「尊敬している鄭牧師の作品だから当然素晴らしい」と、共感することは簡単ですが、あいにく私はそのような純粋な心の持ち主ではないので、正直、すぐにはこの称賛に共感出来なかったのです。そもそも、「神の境地」ってどこですか?皆さんは行ったことありますか?私はありません(笑)

「境地」の意味を調べると、「体や心が置かれている状態」(Oxford Languagesの定義による)とあります。ということは、鄭牧師の歩んでこられた人生、思想について知る必要があります。そこで、どのようにして鄭牧師がこの作品を生み出すようになったのか、制作の経緯を調べてみました。

制作の経緯~鄭牧師の人生観~

まずは、この作品に基づいて鄭牧師が作曲された<運命>という曲の歌詞をご紹介します。

<運命>
あきらめず
コウノトリの前のカタツムリのように
のそのそ素早く
走っていく
最後まで行くのだ
ちらちら後も振り向きながら
ありったけの力を振り絞って
毒のつばもかけながら
ぺっぺっぺっ

コウノトリの目に入っていって
目をつぶり
首を揺らしまくる
面白い

これが私の最善の努力だ
神様 見ていらっしゃる

お前のものとして生まれたのではない
私は神様の愛も受け
楽しく生きるようにと生まれた私なのだ
お前のえさではない
神様のおいしい愛のご飯なのだ
ふざけるな
お前なんかかかってきたら ひどい目に遭うぞ

人間の運命がこうなのだ
強者の前での弱者の生は誰もがこうだが
神様がいるだろう

お前の目には私が
お前のえさのように見えるかもしれないが
私には神様がいる
お前 かかってきたらひどい目に遭うぞ
私はあきらめない
私の最善を尽くして
最後まで行く
神様が見ていらっしゃるから

天地万物を創造した神様の運命が
かかっていることを分かって
最後まで最後まであきらめずに
大胆に行くのだ

各自に与えられた主権
権威があり特技がある
最善を尽くして
走っていく 這っていく
最後まで行く人が勝利 勝利するのだ

今日も神様の愛を受けて
人々と仲よく過ごして
天国を造っていく生だ

また鄭牧師は、作品についてこのように言及されています。

いつも神様がいるから、主がいるから、また自分もいるから、(中略)この三つを持って、いつも耐え忍び、打ち勝って、甲斐を感じていくのです。(中略)戦うけれども、戦争の戦いではなくて、殺す戦いではなくて、義の戦い、善の戦い、神様の御心を持って戦い、神様の味方になって戦うのに、じっとしていてはいけないでしょう。「神様!じっとしていてください。私が一人で戦って来ますから、見ていてくださいね」と。(中略)いつも私たちは弱者の立場で、いつも悪い人たちの餌だと思われるけれども、そうではありません。(2020年12月23日)

コウノトリを強者、カタツムリを弱者として見立て、コウノトリの餌になるまいと、あきらめずに最善を尽くすカタツムリを、自身と重ね合わされています。このことから、≪運命≫という作品は、人生の中で生じる苦痛や困難に対する、鄭牧師の人生観が表現されたものと考えられます。

手法からの考察~一筆描きの根拠~

経緯の次は、手法について調べてみました。鄭牧師が創設したキリスト教福音宣教会の公式HPには、鄭牧師の作品について以下のように紹介されています。

彼の絵の特徴のひとつに一筆描きがあります。一気に描かれた線で人間の多様な表情や視線、事物の動きまでを詳細に描きあげます。彼の作品ひとつひとつには、神のメッセージが込められており、見る人に深い感動を与えています。

たしかに、作品をよく見ると、迷いなく一気に描き上げた筆跡が見られます。鄭牧師のその他の作品を見ても、同じような筆跡が見られます。神の霊感を受けて一気に描き上げる、これが神の境地なのでしょうか…。しかし、さらに詳しく見てみると、描かれている物の構造、左右のバランスなどの調和が非常に良く取れているのです。私は「物の構造をよく見て把握して、たくさん描く練習をされたのだなぁ。」という印象を抱きました。一体どれだけ練習すれば、このように一気に、正確に描き上げられるのでしょうか。

鄭牧師の説教でこのような言葉がありました。

全知全能なる神様、聖霊様、御子の威力、能力をこの世で使いたい。足台になったら、その人を通して思う存分使うのです。その人を通して、神様がその人を肉体にして、その人を体にして使うのです。それだけ足台にならなければなりません。神様が臨在できる足台、全知全能なる神様がその人を足台にして行うということです。(2021年3月7日主日の御言葉「神様が完全であられるように、あなたがたも完全でありなさい」)

この言葉から、鄭牧師は、自分の感性に任せて一気に描いたのではなく、神様がくださる霊感、能力を自分の体で表せるように、描く練習を積み重ねて足台を作ってきた、ということが考えられます。そして、その努力、もがきの原動力が、お金や名誉などの物欲、〇〇イズムといった自分の美観の主張ではなく、神様への信仰と愛の力であり、その真実さが、作品を観る人の心を感動させ、神の境地を感じさせるのだ、という結論に至りました。

おわりに

私は鄭牧師の作品を通して、人生の中で生じる苦痛や困難を、神様への信仰と愛の力で乗り越え、神様の御心を成すために、自分を神様の足台として作ろうと努力する鄭牧師の生き方に感銘を受けました。神様からご覧になれば、≪運命≫だけでなく鄭牧師自体が、神様の傑作品なのかな、と感じたりもします。私も神様から、「あなたは私の傑作品だ」と、思ってもらえる生き方が出来るように、鄭牧師に学び、自分を磨いていきたいと思います。

最後になりましたが、このコラムを書くにあたり、ご協力を頂いたキリスト教福音宣教会の皆様に感謝致します。そして、いつも共にしてくださった神様、聖霊様、御子に愛と栄光を捧げます。

参考文献・URL

【参考文献】
筧菜奈子(2016年)『めくるめく現代アート イラストで楽しむ世界の作家とキーワード』、フィルムアート社
キリスト教福音宣教会(2011年)『チョウンソリ 2011年8月号』、p.24-27
千足伸行(2008年)『すぐわかる20世紀の美術―フォーヴィスムからコンセプチュアル・アートまで』、東京美術
高階秀爾監修(2009年)『増補新装[カラー版]西洋美術史』、美術出版社
戸田山和久(2009年)『論文の教室 レポートから卒論まで』、日本放送出版協会
美術手帖編(2012年a)『現代アーティスト事典 クーンズ、ハーストから村上隆まで―1980以後のアート入門』、美術出版社
美術手帖編(2012年b)『現代アート事典モダンからコンテンポラリーまで…世界と日本の現代美術用語集』、美術出版社
フィルムアート社編(2015年)『現代アートの本当の楽しみ方 表現の可能性を見つけにいこう』
宮下規久朗(2018年)『カラー版1時間でわかる西洋美術史』、(株)宝島社

【参考URL】
artscape|現代美術用語辞典「アートフェア」
【アートの見方①】アートの固定観念を壊した6人の芸術家
キリスト教福音宣教会 公式サイト
CGM鄭明析牧師サイト
【美術史1/8】5分で全体の流れを紹介します むっちゃわかりやすい 西洋美術史
第1回 「びじゅつし」って何?

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