ドローン空撮-春の月明洞

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まるでふわふわと、月明洞を泳いでいるかのような映像。
ぜひごらんください。

월명동 벚꽃

MyungUn Jeongさんの投稿 2017年4月15日

 

画像が荒いと感じる方は、右下からHDをチェックしてみてくださいね♪

 

この美しい景色も、簡単にできるものではありませんでした。
私は、鄭明析牧師と男性達の作業をずっと見ていました。
木々一つ一つ、うつしたり植えたりするのに徹夜や、それこそ数日かかることもありました。
岩一つ一つも本当に難しいです。

それについて話してくださった御言葉を紹介します。

 

– 1998年5月12日鄭明析牧師の朝の御言葉より –
すべてのことはそれほど易しくないので、私は人々に松の木一本だけ植え替えて生かしてみなさいと言います。
木一本を一人で掘ってきて、植え、生かすところまでするのは易しいことではありません。
命を懸けた力が必要だし、100%の力を尽くさなければならないからです。

一人でしようとしたらもっと大変だから、数人で一緒に移すのが良いです。
10人でやれば10分の1、100人でやったら100分の1の力しか要らないからです。

自分が直接何かをしてみたことのない人はそれがどれほど大変なことなのか分からないので、自分が直接やってみて初めて、それが大変なことだと分かります。
松の木を掘ることもそうです。
松の木を直接掘ったことのある人は、松の木を移すことがどれほど大変なことか分かるのであって、やったことのない人はよく分かりません。

月明洞(ウォルミョンドン)自然聖殿の造景に参加していない人の中には、もともと山にあった松の木をそのまま生かして石を積んだのだと思う人もいます。
私はそのように思う人たちに対してそうだと言ったりもしました。
ここの松の木は、手をつけず、本当に自然のまま残したと言えば、人々はまったく力がかかっていないと考えます。

しかし私が木一本を掘ってきて植えるまでは舌をかむほどの努力がありました。
掘ってくることも大変ですが、ある木は植えるために石を4日間掘ってから植えたりもしました。
そのように大変な思いをして移した木は、幸い一本も枯れずに生きています。
枯れるかと思って適当にせず、真心を込めてやるからすべて生きたのです。

私は木を移して植える過程を通して人々が「何かが存在するということは簡単なことではないということ」を分かってくれたらいいと考えています。

このように何かが存在するということはただでできることではなく、とても大変な中で存在するのです。

 

木々も岩もそこに存在するには本当に大変。
ましてや、人間一人が存在するのにどれだけ神様は大変な思いをされているでしょうか。
感謝しかありません。

 

*映像は撮影者ご本人に了解の上、掲載しております

投稿者プロフィール

RIO
東京都出身。高校生の終わりごろ、摂理教会に来てから早21年。教会内のあらゆる役割を経験。
現在は、つくば市在住。教育関連事業で邁進中。
好きなものは猫。
いわゆるお一人様(^^)/ 独身貴族。
ですが、主と共に生きるのでお二人様。

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