<心と考え>を「正常」にして、存在物も人も見て、接し、判断しなければならない

明け方に起きて平素のように歯を磨いて鏡で歯を見たら、少し黄色く見えた。昼は歯を磨いたらきれいに見えるのに、明け方はまた磨いてから見ても黄色く見えた。
歯の色が変わったのか確認したら、明け方に寝て起きて、目がぼやけていて、よく見えなかったのだ。起きて活動したら、また元の視力に戻って、よく見えた。
昼も目を無理して使ったら、瞬間視力が落ちて、ぼやけて見える。
これと同じく、<心>が正常でない時に見たり考えたりしたら、正常なもの、正常な存在物、正常な人も非正常に見え、感じる。
また、相手の心と行ないが正しく見えなくて、正しく判断ができない。

<心と考え>を「正常」にして、存在物も人も見て、接し、判断しなければならない。

-摂理 キリスト教福音宣教会 御言葉より

投稿者プロフィール

RIO
東京都出身。高校生の終わりごろ、摂理教会に来てから早21年。 年齢:安室ちゃん、滝川クリステルさん、海老蔵さん、南キャン山ちゃんと同じ。 教会内のあらゆる役割を経験。 現在は、つくば市在住。教育関連事業。 好きなものは猫。 いわゆるお一人様(^^)/ 独身貴族。 ですが、主と共に生きるのでお二人様。 好きなもの一覧 食べ物:野菜、味噌汁、ガッツリ系、卵料理 映画:踊る大捜査線、ナウシカ、ラピュタ、紅の豚 漫画:キャプテン、スラムダンク、コナンなど(全てあげたら書ききれない) ゲーム:初期ドラクエ、初期FF、炎の紋章 芸能人:さや姉、まゆゆ、織田裕二、NON STYLE  スポーツ:高校野球、フィギュアスケート

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