自信がない?つけるには

自信-詩

元々、自信のなさのかたまりだった自分の変化

「あなたの心は弱いか強いか」
と問われたら
「弱いです」
と私は答えます。

 

私は元々は、自信のなさの固まりです。
足りないとずっと自分のことを思っているような人でした。

 

幾つかの巨大なコンプレックスと戦うことも今もあります((+_+))

 

自分が弱いときは、周りのものが大きく見えます。
隣の芝生は青く見える状態です。

 

弱いときというのは視界が狭く、物事をきちんと判断できないため、周りと比較し、自分が実態よりさらに弱く見え、嘆きます。

 

しかし。
ある時、弱いと思っていた部分がいつの間にか強くなっていることがあります。

 

とても不思議な現象です。

 

その要因を考えてみました。

 

答えは、弱いと思うので毎日、行うからです。
コンプレックスがあるから、その部分をどうにかしたいともがくからです。

 

そのように、神様が御言葉で、自然啓示で、人々を通してなど様々な形で助けてくださるからです。

 

どうにかしたいから、小さいことでも もがきます。
誰にも言えず言わず、もがく場合もあります。
神様の前でだけ、涙を見せることもあります。

 

その過程は、喜びとは遠いものとなることがあります。
本当は過程も楽しめたら理想的ですが、そうじゃないこともあります。

 

私がどんな状態でも、神様はいつも隣にいてくださいます。

 

重要なら重要であるほど、
厳しければ厳しいほど、
罪が深いなら深いほど、
守るべきであればあるほど、
祈りを避けるのではなく
「毎日」、「一層」、祈らなければなりません。
摂理の御言葉より

 

祈り、私は大好きでーす!!とは大声では言えません。
だからもがきます。
普段の神様との対話も祈りなので、そこまで祈りにいれると祈りは大好きになりますが
普通に座ってお祈りすることは、今でももがくことがあります。

 

私が摂理に来てからというものの、自分と戦うことが多々ありました。
人と比べることも多々ありました。

 

御言葉で
強い人でも、祈りをおろそかにしたら自分も知らないうちに、考えと目が行く。
という話がありました。

全てに共通していることだと感じました。

 

自信をもつことは大事なことです。
しかし、自信と過信は違います。
過信をしたらそれ以上のびることも無いし、逆に弱くなることもあります。

 

オリンピック選手たちを見ていても、何連覇もするような方々は常に強くあろうと、高みに登ろうとしていらっしゃいます。

 

強くなるようにしてくださいという祈りは
自分の弱点をさらけ出すことではなく、
悪いことでもなく、罪でもありません。
摂理の御言葉より

 

弱い人が強くなる要因は、まず弱いと自覚すること。
(出来るだけ、どこが弱くてどこが強いのか正確に自覚できたらいいけど)
そしてその弱さを何とかしたいともがくこと。

 

摂理でこのことをたくさん学ばせてもらいました。
そして多くのことが解決に至りました。
また解決の過程にあります。

 

弱さゆえにもがき、いつの間にか出来るようになったこと、
今となっては過去のできなかった私が想像できないと人に言われるほどになったことも複数あります。

 

自分でも気づかないうちに、いつの間にか高みに登らせてもらってることもあります。
それはその時になってみれば結局は全て感謝しかありません。

 

もがいた全てのことを神様はご存知であることを、特にゴールにたどり着いたときに実感するのです。
途中でも実感するけれども、最後まで行ったときにする実感の大きさとは比べ物になりません。

 

自信があるとか無いとかが関係なくなる瞬間は?

もがいて心と思いと命を尽くさなければならない。 そうしてこそ「生活の傑作」が生まれる。 鄭明析牧師の明け方の御言葉より
もがいて心と思いと命を尽くさなければならない。
そうしてこそ「生活の傑作」が生まれる。
鄭明析牧師の明け方の御言葉より

 

自分のことだけ考えてる時と、神様のことも含めて自分のことを考える時とは、天地の差がありました。

 

神様の目から見ると、いろんなことが気になって、いろいろやることが増えます。
行わずにはいられません。

 

誰にも頼まれてないんだけど、私がやらなきゃって。
そういうときありませんか?

 

そういう時は、自信があるとか無いとかが関係なくなります。
自分が本当にやりたければ、自信のある無しは関係なくなります。
視点一つで、考え一つで、自信の無さはどうでもよくなります。

 

ひたすら行う。
ひたすら行う。
心を思いと命を尽くして行う。

 

そうしてると、いつしか傑作品が生まれるようになります。

 

初めてするときは何事でも下手で、手も足も出せず、自信がなくてうまくできない。
しかしやればできる。
数十回やってみてだめなら、数千回やってみるのだ。
たくさんやってみることが潜在能力を開発することだ。
ー摂理の箴言より

 

自信のない人は死んだ人

自信は成功の母
神様がくださった成功の資本

精神の勝利は行動の勝利

お金も後ろ盾もない体に
自信ぐらいは満ちていなければ

険しい世の中 自信がなければ
どうやって生きるだろうか

自信を持って実践し
天に仕えて生きるなら
不可能はないだろう

鄭明析牧師の詩

 

自信-詩1

他の誰も味方がいなくても
神様は必ずみてるし、一番そばにいてくれます。

投稿者プロフィール

RIO
東京生まれ東京育ち東京在住(西の方)
教育関連事業、保育士、ライター、HP作成等。

高校生の終わりごろ、摂理教会に来てから早23年。
◆年齢:山ちゃんと同じ

教会内のあらゆる役割を経験。

祖父はお坊さん。
 
【好きなもの一覧】
◆食べ物:野菜、味噌汁、卵、ラーメン
◆映画:踊る大捜査線、ジブリ
◆漫画:キャプテン、スラムダンク、コナン、るろ剣など(全てあげたら書ききれない)
◆キャラ:ピッコロ、剣心、般若、安慈、イガラシ、流川、三井、木暮、赤井秀一
◆ゲーム:ドラクエ、FF
◆芸能人、著名人:YOSHIKI、織田裕二、NON STYLE
◆スポーツ:高校野球、フィギュアスケート
◆尊敬する人:強い、頭の回転が早い、頭がいい、柔軟

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