摂理の箴言-最善を尽くしてこそ

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摂理で学んだこと

摂理の鄭明析牧師 明け方の御言葉
最善を尽くしてこそ「希望していた最善のもの」を得る。

 

最善を尽くすことは大事だ。
でも、その最善とは何だ?
神様がいつも
「最善を尽くしなさい」
「完全にしなさい」
とおっしゃる。

 

あの人が最善だと思っても、
自分にとっては最善ではない
自分にとって完全だと思っても
あの人にとっては完全ではない
でも私は摂理に来て、それに対して完全に教わった
「神様から見て最善さを尽くし、完全になりなさい」と。

 

人に合わせるとやはり基準がそれぞれ。
でも神様は唯一の存在であり、真理。
神様が最善だと思うもの、完全だと思うもの
それは人間の最善とは違うといった。

 

<最高の座>は「御子の考え」を一番たくさん実践した人が手にする。
<二番目の座>は「自分の考え」を一番たくさん実践した人が手にする。
2014年7月21日 摂理の明け方の箴言より

 

自分の考えですら、実際には実践することがとても大変だ。
生きてる間に自分を裏切るようなことさえ、あるだろう。
でもそこに合わせるのではなく、神様の考えにあわせなさい、御子の考えにあわせなさいとおっしゃった。
自分とは違うから、こうしなさいとおっしゃった。

 

<人間の考え>は<神様の考え>と違うとどうしていつもおっしゃったのか、
どうして違うのか、随時確認し、学ばなければならない。
自分の考えが<主の考え>と同じであるかどうか、いつも確認しなければならない。
2014年5月20日 摂理明け方の箴言より

そうだ。
そもそも違うということ自体もよく分からなかった。
でもハッキリと違うと話された。

 

完全に悔い改めて、「清さ」を揃えなさい。
2014年9月18日摂理の明け方の箴言より

 

聖書にも御言葉にも「悔い改め」という話は頻繁に出る。
でも悔い改め、何を直すのか?
神様が直しなさいと言ったことについてだ。
こうやって神様の考えに合わせて
自分を変化させ、直すべき部分は直していく。

 

そうした時に結局
自分自身の希望していた最善のものを得る。
いや、更にそれ以上のものを神様は与えてくださると確信している。

 

幼い子供が想像すら出来ないものを親が与えようと準備しているように
神様も私達が成長し、変化したら
今の私達が願うこと以上のものを与えてくださるということは
想像に難くない。

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