教育最先端。 実になる生き方、種になる生き方。

知人の紹介で先進的な教育に取り組んでいる、学校の先生の話を聞きに行きました。

 

その先生は歴史を教える方なのですが、いわゆる板書で授業を行うのではなく、PowerPointやふんだんな資料をもって、ただ記憶して終わるのではなく、時代背景や登場人物たちの立場・心情などを多角的に見せることで、授業を進めているという話を聞きました。

 

歴史というと、暗記科目という印象が強い方も多いと思いますが、自分が考えるに、根本のところは時代を動かしたものは何だったのかを過去の事実から学ぶという部分にその存在意義があるのかなと思っています。

 

そういう観点で見ると、以前、少なくとも自分が受けていたいわゆる先生が書いた情報を覚えてテストで書き出すというようなスタイルの歴史の勉強は表面部分をなぞった薄いものだったのだなということをあらためて認識することができました。

 

また、今日聞いた話からは、対照的に、多面的に情報を持つことの重要性や情報の捉え方を学ばせてもらいましたが、もし当時同じようなスタイルで歴史を学んでいたら、自分はどのように変化していただろうかと考えると、考え方ややり方一つで物事というのはずいぶんと変わっていくのだなと感じました。

 

最近聞いた私たちの牧師先生の箴言にとても秀逸な言葉を見つけたので、ご紹介します。

 

「種」は数百倍、数千倍に増やして残すが、「食べて終わる穀物」は食べ物にして食べたら終わるように、肉だけのためにいきる人達は、当世に一時輝き、一時を生きたら、「未来」がない。

 

私たちも、せっかくの人生を生きるならば、与えられたものを正しくつかんで、意義のあるように使っていきたいものです。

 

Yoshi

投稿者プロフィール

yoshi
東京在住。早稲田大学卒。
学生時代はバックパッカーとして海外に行く機会が多くあり、そこで信仰を持たない日本の方が世界で見れば特殊な国なのだと気づきました。
縁あって社会人になってから摂理に出会うようになり、楽しく過ごしています☆今は奥さんと2人で信仰生活を送っています!

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この記事を書いた人

東京在住。早稲田大学卒。
学生時代はバックパッカーとして海外に行く機会が多くあり、そこで信仰を持たない日本の方が世界で見れば特殊な国なのだと気づきました。
縁あって社会人になってから摂理に出会うようになり、楽しく過ごしています☆今は奥さんと2人で信仰生活を送っています!

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