看護師ナイチンゲール2 クリミアに天使が降り立った瞬間!

こんにちは
歴史の秘密を紐解いていくタイム博士です。

今回の主人公は、前回ご紹介いたしました看護の母ナイチンゲールです。

看護の領域において、彼女の功績はまさに天にも昇るほど高く、言い尽くせないものがあります。まさに現代の看護の基本をつくった現代の看護学のお母さんのような存在です。そんなナイチンゲールが初めて歴史に表立って現れたのはクリミア戦争の時でしょう。

今回は、彼女のクリミア戦争での活躍にスポットを当ててみましょう。

クリミア戦争に降り立った天使

クリミア戦争は、1854年ロシアとイギリスを含む連合軍の間で起りました。特にこの戦争で問題となったのはイギリス軍の医療施設の不十分さです。戦争で傷ついた兵たちを軍の病院に連れて行きますが、その病院の環境はひどく不衛生でした。傷ついた兵士たちは不衛生な環境の中で放置され、食事も満足に取れないで死んでいきました。戦地で死ぬよりも病院で死ぬ人数の方が多いと、噂が流れるほどの状況でした。

そんな悲惨な病院に派遣されたのがナイチンゲールです。彼女は38人の看護団を率いて、病院の改善に取り組みました。病院を掃除して清潔な環境に整え、足りない物資があれば補充し、一流の料理人を雇っては食事の質を改善しました。そして、ナイチンゲールの献身を表す一番の姿は、ランプを持って病院を見回る彼女の姿でしょう(図1参照)。

図1.看護師として戦傷兵を見舞うナイチンゲール
(London News, Feb 24 1855)

苦しんで眠れない人はいないのか、ナイチンゲールは夜暗くなった病院をランプを持って巡回していました。毎日毎日、彼女は嫌な顔をすることなく、寝る間も惜しんでランプを持ってはすべての患者のところを回っていきました。彼女の真実に看護に取り掛かる姿に、戦争でやさぐれてしまった兵士の心も解かされていきました。彼女の影にキスをする、それほどまでにナイチンゲールを信頼する兵も出てきました。そして、兵士たちは彼女の姿を見てこう思いました。

クリミアに降り立った天使だ

 

天使もただで降り立てる訳ではない

だがしかし、天使も最初から歓迎された訳ではありませんでした。特に軍の上層部は、当時卑しい職であった看護師のナイチンゲールを邪魔者扱いをしました。そして、追い返そうと病院の仕事も与えず、邪険に扱いました。

ここで、彼女が素直に分かりましたと言って、イギリスに帰ってしまったら現在の看護の姿はなかったかもしれません。しかし、彼女はここで帰る訳にはいきませんでした。なぜなら、彼女の目の前には助けを待つ多くの負傷兵がいます。見殺しにすることはできません。

仕事も与えられずに思うように動けない中、ナイチンゲールがしたことは何だったでしょうか?

それは、兵士を看護する機会が与えられた時にすぐ動き出せるよう準備をしました。より具体的には、清潔なシーツや包帯の用意、トイレ掃除など、軍の上層部に文句の言われない範囲でナイチンゲールは来る日も来る日も自分たちができる準備してその時を待ちました。

そして、機会が来ました!

次々と病院に来る負傷兵に、とうとう軍の医療班だけでは人手が足りず対応できなくなりました。そこで、軍の上層部は仕方なくナイチンゲールたちに看護の許可を与えるようになりました。早速、ナイチンゲールたちは兵士の看護に取り掛かりました。準備しておいた包帯で兵士たちを傷を保護し、清潔なシートで病院の環境を清潔に整えて、手際よく看護していきます。

この時、クリミアに天使が降り立った瞬間でした。

 

機会を掴(つか)む人はどんな人? 準備する人

それでは今回のまとめに入りましょう。ナイチンゲールがランプで病院を巡回しました。
ランプ繋(つな)がりで、灯りに関する聖句を紹介しましょう。

そこで天国は、十人のおとめがそれぞれあかりを手にして、花婿を迎えに出て行くのに似ている。その中の五人は思慮が浅く、五人は思慮深い者であった。思慮の浅い者たちは、あかりは持っていたが、油を用意していなかった。しかし、思慮深い者たちは、自分たちのあかりと一緒に、入れものの中に油を用意していた。花婿の来るのがおくれたので、彼らはみな居眠りをして、寝てしまった。夜中に、『さあ、花婿だ、迎えに出なさい』と呼ぶ声がした。そのとき、おとめたちはみな起きて、それぞれあかりを整えた。ところが、思慮の浅い女たちが、思慮深い女たちに言った、『あなたがたの油をわたしたちにわけてください。わたしたちのあかりが消えかかっていますから』。すると、思慮深い女たちは答えて言った、『わたしたちとあなたがたとに足りるだけは、多分ないでしょう。店に行って、あなたがたの分をお買いになる方がよいでしょう』。彼らが買いに出ているうちに、花婿が着いた。そこで、用意のできていた女たちは、花婿と一緒に婚宴のへやにはいり、そして戸がしめられた。 そのあとで、ほかのおとめたちもきて、『ご主人様、ご主人様、どうぞ、あけてください』と言った。しかし彼は答えて、『はっきり言うが、わたしはあなたがたを知らない』と言った。だから、目をさましていなさい。その日その時が、あなたがたにはわからないからである。(マタイによる福音書25章1節~13節)

聖書は直接的に表現するのではなく、比喩を用いて表現することがあります。今回の事例で言えば、花婿は自分の願っている機会であり、おとめは機会を待っている私たちと言うことができます。

10人のおとめがみんな新郎を待っていましたが、5人の思慮深い女だけが新郎を迎えました。言い換えるならば、5人の思慮の深い人は自分の願っていた最高の機会を捕えたということです。一方、思慮の浅い女たちはと言いますと新郎という機会を逃し、悲しく泣き崩れてしまいました。

待ち望んだ機会は同じく10人のおとめたち全員に来ました。しかし結果を見てみると、思慮深い女は喜び、思慮の浅い女は悲しみで泣き崩れると、全く別の結果となっていました。一体、何が原因でこのような差が生まれたのでしょうか?

それはずばり! 油を用意したか、準備したかどうかです!

 

思慮の浅い乙女は新郎を待つこと、この一つだけで準備をまったくしませんでした。一方、思慮の深い乙女は違いました。新郎がどういう状況で帰ってくるかを具体的にイメージしました。そして、夜遅くに帰ってきたら真っ暗で迎えることができないと、あかりだけでなくあかりの核である油もしっかりと準備しました。

この準備の差により、新郎を迎えられるか、迎えられないかが決まり、彼女たちの運命も決まりました。

これと同じく、私たちの生活もそうです。私たちは機会を待ち望んではいますが、実際に機会が来たらその機会を逃すことが多々あります。

なぜでしょうか?

それは機会を待ってばかりいて、機会を迎えるための準備をしなかったからではないでしょうか。
ご飯も器があってこそよそってあげるように、準備という器があってこそ機会を掴むことができます。

ナイチンゲールは思慮深い女性でした。軍の上層部に追い返されそうになっても、彼女は自分たちの機会が必ず来ると信じ、看護に必要なものを準備しました。

さらに言えば、クリミア戦争に参加するまでのナイチンゲールの路程がクリミア戦争への準備そのものでした。貧しい人へのボランティア、看護師に対する理解のない家族の妨害、最先端の看護の勉強、精神病など、人並み以上の苦労と苦痛を彼女は10数年味わっていました。

そうした、血と汗にじむような経験によって、ナイチンゲールは技術的に、知識的に、そして何よりも精神的に一人前の看護師として成長することができました。こうした彼女の経験により、クリミア戦争という過酷な状況の中でもナイチンゲールは天使として振る舞うことができました。

準備した人が成功の機会を掴むことができます。

もし読者の皆さんの中で、自分がどうしても願っていることがあるのならば、待ってばかりいないで自分のできることから始めてはいかがでしょうか^^

クリミアの天使ナイチンゲールが機会を掴んだように、

聖書の新郎を迎えた賢い5人の乙女のように、

準備して自分の願っていた最高の機会を掴む皆さんになることを祈ります。

投稿者プロフィール

タイム博士
タイム博士
東京大学大学院を修了し、メーカーの知的財産部で勤務。

歴史とラーメンをこよなく愛するナイスガイ。

友人に最高の歴史書として聖書を勧められて、読んでみるも最初は全然分からない(>_<)

しかし、諦めずに7年間学ぶと、実は聖書の話を通して生活の知恵を得られることに気づく!

趣味の歴史を通して、聖書の実質的な世界を感じていただければ幸いです♪

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