[連載小説]心のアクセント①

 ***

 新緑の温かな日が差し込む音楽室で、他人事のように同級生達の発声練習を聞いていた。

「ふわぁ……」

 と、このように欠伸まで出してしまう始末だ。

 四月から通い始めたこの高校では、最初の段階で選択授業を選ばされる。音楽、美術、家庭科、よりスポーツに特化した体育の四つから、各々が好きな教科を選択するのだけど、僕は消去法で音楽の授業にしていた。

 理由は単純、合唱の中でなら誰にも咎められることなく埋もれることが出来るからだ。

 昔から、僕は人前に出て何かをするということが苦手で、むしろ誰かと話すにも小難しいことを考えてしまう性格だ。

 だから、音楽の授業は僕にとっては、うってつけだった。

 僕の予想は的中し、今は佐鳥穂乃香先生の前でソプラノパートの女子が声出しをしているのを聞いているところだ。自分のパート練習がない間、生徒たちは友達と話したり、真面目にも単語帳を見たり、僕みたいにボーっとする人もいる。勿論、他のパート練習をしっかりと聞いたり、楽譜を真剣に眺めている人もいる。

 それでも、合唱コン一か月前とは思えないほど緩い空気だ。けれど、合唱コンは音楽の授業とは関係なく、クラスで参加するものだから、この時間やる気がないのは仕方のないことかもしれない。

 普段だったら人が歌っている最中に欠伸をするような真似はしないけれど、穏やかな天気だったから、つい眠気が襲い掛かって来た。昨日、夜遅くまでサイトに投稿された動画を見ていたことが原因の一つだろう。

 色々な面白い人たち、そして、比較的年齢が近い人たちが、自分を惜しみなく表現している動画は、見ている分には面白かった。同じようにやってみてと言われてしまえば、僕は絶対に出来ないけれど、だからこそ憧れに似た感情を抱く。しかし、そんな感情は目まぐるしく変わっていく。

 同じ年数を生きているのに、どうして僕は学校の授業でさえも満足に声を出すことが出来ないのか。

 永遠に続くような短い動画の嵐を、躊躇う心でなんとか断ち切った後、僕の心を襲い掛かるのは憧れとは遠い嫉妬という感情だった。

 自分自身でも、大きく揺れ動く心に乱され、気付けば眠れない夜も多々ある。

 我ながら何やっているのだろう。そう疑問を抱くのだけど、勉強に取り組む意欲もなく、また何もしないという退屈にも勝てず、つい手が出てしまうのだ。

「やぁ、小野くん」

 突然掛けられた声に、僕は思わず肩を跳ねらせた。授業中にウトウトしていたということもあって、余計に驚いてしまう。もしかしたら怒られるかもしれない。

 恐る恐る隣を見ると、

「か、柏木くん」

 クラスの中でも数少ない話し相手になってくれる、柏木祐基だった。柏木くんは僕と同じで口下手ではあるけど、僕と違うところは自分から率先して人に話しかけるところだ。それ故、僕と似た性格をしているけれど、クラス内では僕よりも友達が多く、よく他の人と話しているところを見かける。

 柏木くん相手に必要以上に驚いてしまったな、と一人反省する。しかし、音もなく気配もなく隣まで近付かれて、声を掛けられてしまえば仕方のないことだ。

「ど、どうしたの?」

「いや、この待っている間って退屈だなぁと思ってさ。小野くんも眠そうにしていたから、声を掛けてみたんだ」

「あ、あぁ。そういうこと」

「朝からずっと眠そうだけど、どうしたの?」


 クラス内では名簿順に席が並んでいるため、僕の行動は後ろの席の柏木くんには丸わかりのようだ。

「ずっと動画を見ていたからかなぁ、ふわぁ」

 生欠伸を交えつつ、僕は返事をする。柏木くんは深く追究することなく、「それは分かるな」とだけ頷いた。それからは、どっちも口下手だから、途切れ途切れに会話が広げられていた。勿論、柏木くんがぽつぽつと口を開き、僕は基本的に頷くだけだ。淡々と繰り広げられる僕達の会話の間には、テノールの練習の声がBGMとなっていた。

 その男性のグループの中で、ひときわ目立つ声がある。

「あーあ、はやしゅーみたいに何でもこなせれば、もうちょっと人生は楽しいんだろうな」

 幼稚園からの縁が続いている、早瀬秀だった。中学校の同級生とはほとんど高校が別れてしまったが、その中でも唯一同じだったのが秀だ。

 小学校の高学年までは仲が良かったが、中学校に上がる頃には、まるで別の道に進むようになっていた。秀は中学校に入ると、運動も勉強も平均を外れて出来るようになっていた。しかも、誰に対しても驕ることなく、平等だ。気付けば、秀は誰からも好かれるようになっていた。その人当たりの良さから、秀の友達は勿論、秀の名前しか知らない人でさえも、はやしゅーと呼んでいる。ちなみに、今更はやしゅーとも早瀬くんとも呼べない僕は、幼稚園の頃のまま秀と呼んでいる。……心の中で。

 そんな僕が秀に勝っているところと言えば、体格くらいなのだが、秀の背の低さは逆に皆からマスコットとして好かれる要素となっている。つまり、僕が秀に勝てる要素は一つもなかった。

 秀と僕は、決して交わることのない平行線のような関係だ。もちろん、秀が上で、僕が下。

 人前でも堂々と歌えて、更には音程も崩れることのない秀の姿を見て、ないものねだりをする柏木くんに、「うん、そうだね」と僕は短く答えた。

――②へ続く

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