[連載小説]うつろいゆくもの①

 ***

「なぁ、篠原」

 友達と談笑していた昼休みの、ある一幕。クラスメイトである山田から、ぶっきらぼうな声で私の苗字が呼ばれた。

 佳奈と彩子の二人は、まるで目の前でドラマみたいな甘い展開が始まることを期待するかのように、ニヤニヤと口角を上げている。

 だけど、何かと学校行事の多い秋に見合った爽やかなストーリーが展開されないことは、山田の声音と立ち姿で、一目散に分かってしまう。

 どうせあのことを言いたいのだろう。

 窓際に位置する自分の席から立ち上がることすらせず、

「どうしたの?」

「お前の祖父さんさ、ずっと一人で町中回って何かやってるけどさ。いい加減、なんとかならないの?」

「あー、ごめん。私も困ってるんだけどね。今度強く言っとくよ」

「ほんっと、頼むぜ。見てるこっちが、なんか恥ずかしくなるんだからさ」

 溜め息交じりに吐き捨てられた台詞は、私とは無関係のはずなのに、さらりと私の心に傷を入れていく。

 ここ最近言われ慣れているとはいえ、目の前で負の感情を見せつけられるのは、気分の良いものではない。

 山田との短いやり取りを終えて、気付かれないくらいに短く息を吐くと、佳奈と彩子が気まずそうな表情で私のことを見ていた。先ほどとは真逆の表情だ。私の席の回りに二人が立っているからか、余計に分かる。

 そして、私と目が合うと軽く視線を反らして、佳奈と彩子で目を合わせた。申し合わせるように、苦笑いを浮かべた。

 やがて意を決したように、一度だけ唇を強く結ぶと、

「気にしない方がいいよ。みく」

「そうそう。お祖父さんのことなんて、みーちゃんには関係ないんだからさ」

 取り繕った表情のまま、上っ面の言葉だけを列挙した。

 私を気遣うように見える言葉だが、よく耳にするようなありふれた言葉だ。

 しかし、上辺だけの言葉だからこそ、分かってしまう。私の友達であり、実際に会って会話をしたことのある二人でさえ、その行動をいいものとして受け取ってはいないのだ。

「うん。ありがとう、二人とも」

 彼女たちの優しさを傷つけないように、私は素直に頷いた。

 だけど、その時タイミングが悪く――、

「――あ」

 窓際に立っていた佳奈が、外を見下ろして素っ頓狂な声を漏らした。

「どしたの?」

 彩子の問いかけに、「……えっと、その」と佳奈は言葉を濁して、視線を泳がせた。しかし、瞳が右往左往しているものの、何度も何度も視線は窓の外に注がれている。

 私は大袈裟な仕草で溜め息を吐いてみせると、

「いいよ、気を遣わなくて。どうせ外にいるんでしょ」

「あー、うん。市役所の前で作業しているのって、多分みくのおじいちゃん」

 身内である私の許可が下りたことで、佳奈ははにかみながら言った。まるで秘密を明らかにして、胸のつかえが取れたかのような表情だ。別に、私に対して申し訳なく思う必要なんて、どこにもないんだけどな。

 そう思いながら、私は何も言うことは出来ない。

 友達の身内が悪い意味で有名人になってしまったら、私も同じような態度を取ってしまうかもしれないからだ。

 ――そう。今、私の母方の祖父である将おじいちゃんは、この矢須崎町の中で少しばかり名が知れ渡っている。

 将おじいちゃんが有名になったのは、およそ半年程前まで遡る。

 定年退職をして長らく暇を持て余していた将おじいちゃんが、急に何を思い立ったのか、花を育てることに熱を注ぎ出した。歴史があるらしい将おじいちゃんの家は、敷地も広く、最初はその空いているスペースに種を蒔き始めた。

 自分の家だけで終わるのなら、誰も文句は言わないのだが、将おじいちゃんの活動の幅は家の外にも広がり始めた。それが、ここ二、三か月ほど前の話だ。この矢須崎町の至るところ――、たとえば住宅街や商店街、更には公園に加え、市役所みたいな公共施設などにも手を付け始めたのだ。

 矢須崎町のどこにでも出没する将おじいちゃんの行動は、町の人々には独断的な行動と受け取られ、噂話の格好の的になった。噂だけならまだしも、悪口を言ったりする人もいるらしい。

「そういえば、みーちゃんのおじいちゃんって、幽霊とか言われているんでしょ」

「時間も場所も問わず、矢須崎のどこにでもいるからだっけ」

 将おじいちゃんに関する噂は、町中に広く蔓延し、佳奈も彩子も何も気に留めることなく聞いたままに話をしている。

 こうして私を置き去りにしながら、二人の話に拍車が掛かっていく。興味がないと気付かれないように、私は口元に意識を向けた。

「席に着けー。授業始めるぞー」

 話が盛り上がる中、昼休みの終わりを告げるチャイムと共に、担任が教室に入って来た。

 教室の空気が一瞬固まるも、渋々ながらクラスメイト達は席に戻り始めた。話を中断されて不満げな顔をする二人に、「放課後になったら、ファミレス行こ」と、その場で口約束を交わした。二人は破願させながら、「絶対だよ」と嬉しそうに手を振りながら席に着いた。二人が完全に席に座ったのを見届けると、振り返していた手を下ろし、すんと真顔になった。

 そして、担任の授業を右から左へと受け流すように頬杖を突きながら、窓の外へと視線を向けた。

 この場所からなら、中学校の隣にある市役所が良く見える。

 私の目に入って来たのは、雲行きの怪しい空の下で、将おじいちゃんが達成感に満ち溢れた表情をしながら、額に浮かぶ汗を拭う瞬間だった。

――②へ続く

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