[連載小説]リフレーミング⑤

 ***

「――甲斐瑛太郎。この宝について分かりましたか?」

 昨日と同じように空き教室の中に入ると、ボイスチェンジャーを使った雑音混じりの声が聞こえた。

 ジャージのポケットから取り出した金色の折り紙を見つめながら、

「うん、分かったよ」

 そう僕が言った瞬間、ボイスチェンジャーから息を呑む音が聞こえた。声の持ち主も緊張していることが伝わって来る。

 僕が導き出した答えは、間違っているのだろうか。いや、たとえどんな結果が待ち構えていようとも、僕の答えは変わらない。

「これは、金メダルだね。……あの日、僕が手にすることが出来なかった」
「正解です。よく分かりましたね」
「今日たまたまタイゾー先生と話したら、ようやく気が付いたんだ。……不思議だよね。最初はガラクタだとしか思っていなかったのに、見方が変わったら、急に宝物のように思えるようになったんだ」

 意味の分からない人からしたら、この金メダルは子供が作ったガラクタのように思うだろう。第一印象をそう捉えた僕のように。
 だけど、今は違う。

「それでは約束通り、その金メダルはあなたのものです。堂々と持ち帰ってください、甲斐瑛太郎」
「ありがとう。そうするよ、仁志希」
「――ぇ」

 思わず漏れ出した声は、どこか少年のあどけなさが残るような声だった。その声を聞いて、僕の予想は外れていなかったと確信する。

 どうするか迷っているかのような時間が流れたが、やがて仁志希が教卓の下から姿を見せた。仁志希の表情には、あからさまに動揺の色が滲み出ていた。

「気付いてたんだ」
「うん、この金メダルの正体を思い出したら、自然とね。富士彦か仁志希のどちらかと思ったけど、時期を考えたら、仁志希しか思い当たらなかった」

 小学校の運動会で、リレーで一着を取ったクラスには金メダルを渡すという流れが出来たのは、小学五年生の時だ。もちろん、各クラスに本物の金メダルを渡す余裕はないから、仁志希が作ってくれたように、小学校の先生たちが金色の折り紙で手作りをしてくれていた。金メダルを貰ったクラスの子は、みんな笑顔を浮かべていた。
 運動会前に引っ越してしまった富士彦は、このことを知らないはずだ。

「そっか。ごめんな。こんな変な悪戯をしちゃって」
「別に気にしてないよ。楽しかったくらいだし。……でも、どうして宝探しみたいなことをしようと思ったの?」

 手紙の指示に従って金メダルを手に入れただけの僕と比べて、折り紙をしたり、ボイスチェンジャーを手にしたり、空き教室を見つけたりなど、仁志希の方には大きな手間が掛かっているはずだ。

 そんな手間を掛けてまで、仁志希が僕に金メダルを渡そうとした意図だけは、どう考えても分からなかった。メリットなんて、どこにもない。

 仁志希は真っ直ぐに僕のことを見つめると、

「運動会が終わった後くらいから徐々に自信をなくし始めて、中学で周りの奴に馴染めなかったり、高校に入ってからもクラスで一人でいる姿を見てさ。お節介だと思いながら、つい動いていたんだ。急に戻るのは難しくても、昔のお前を思い出して欲しかった」

 一息にそう言った。そして、「今更になって、悪かったけど」と頭を下げた。「い、いやいやいや、仁志希が悪いわけじゃないよ」と僕は、すぐに頭を上げさせる。本当に仁志希のせいではないのだから、謝る必要なんてどこにもない。

「……確かに、小学校の時は、そこそこに運動も出来ていたけど、大したことはなかったよ。子供には当たり前っていうかさ。だから、仁志希には申し訳ないけど、僕にそこまでしてくれる価値なんて……」
「そんなことない! エーちゃんは、もっと自分に自信を持つべきだ!」

 力強く言い張ったけど、仁志希は途中で顔を赤くさせた。仁志希の口から「エーちゃん」というあだ名が出て来たのは、一体いつぶりだろう。

 仁志希は自分の中で割り切るためか、「あーもう」と頭をガシガシと掻くと、

「エーちゃんはすごい奴なんだよ。優しくて、周りに気を遣えて、自分よりも人を優先してくれる。そんなエーちゃんに、俺はずっと憧れていた。エーちゃんは俺に持っていない良いところを、たくさん持っている」
「……僕の良いところ、か。ありがとう。でも、仁志希が言ってくれたことも、パッとは思い当たらないや」

 今まで僕は自分自身に何も出来ないと思って生きて来た。むしろ、周りの人に迷惑を掛けないように、波風立てないように生きて来た。その面を良いところと言われても、僕には正直ピンと来なかった。

 タイゾー先生から身を持って教えてもらったとしても、どこまで行こうと自分自身を受け入れることが出来ない僕がいた。

「いや、もっと考えてみなって」

 いつまでも否定的に考えてしまう僕に対して、仁志希は諦めずに諭すような口調を投げかける。

「たとえば――」
「あれ、ニッシーにエーちゃんじゃん。何してるん?」

 そこへ突然、何も事情を知らない富士彦がやって来た。富士彦はいつもの調子で、空き教室の中に入って来る。
 教室の中に入った途端、富士彦の視線が僕の手元に注がれる。

「って、この金メダル。もしかして、俺が転校していなくなった後に、運動会でもらったやつ? へー、やっぱどこの小学校も似てるんだな」

 富士彦は僕の手から金メダルを取ると、子供のようにキラキラとした目で言った。富士彦の姿を見て、僕と仁志希は顔を合わせて笑った。富士彦は、小学校の頃と何も変わらない。

「それ、昔の記憶を頼りに、俺がエーちゃんに作ったものだけどね」
「マジか。ニッシー、めっちゃ器用じゃん」

 富士彦は大きな体で満面の笑みを浮かべながら、金メダルを眺め続けている。しかし、富士彦は眉間にしわを寄せると、

「ん、でも、これまだ未完成だよな?」

 声を揃えて、僕と仁志希は「え?」と言った。金色の折り紙を、金メダルの形にする。それ以外に、何があるというのだろう。しかし、僕達の疑問に答えることなく、富士彦はリュックからペンを取り出すと、金メダルに何かを書き始めた。

「フジ、何書いてるんだ?」

 自分が作った金メダルに、何も言わずに手を加えられたことに、仁志希は少しだけ怒っているようにも見えた。仁志希の些細な変化を、金メダルに集中している富士彦は全く気付く素振りも見せず、「だってさぁ」と間延びした声を出す。

「金メダルには、そいつの良いところを書くもんだろ」

 富士彦に「ほい」と渡された金メダルを見ると、豪快な文字で「運動も勉強も出来て、気が利く良い奴! 俺の親友!」と書かれていた。
 仁志希は僅かに口を開けていた。そして、仁志希以上に、僕は呆然としている。

「転校した先の小学校では、これがお決まりだったんだけど……、あれ、もしかして違った?」

 いつも空気を読まずにいる富士彦も、僕と仁志希が何も言わないことに異常を察したらしい。富士彦には珍しく焦りの色が浮かんでいた。

「……いや。いいな、それ」

 そう小さく零すと、仁志希もまた僕の手から金メダルを取って、ペンを走らせた。迷うことなく文字を書き終わると、再び僕に金メダルを手渡す。

「――っ」

 金メダルに書かれた文字を見て、僕は息を呑んだ。

「自信がなくなりそうになった時、この金メダルを見て思い出してよ。エーちゃんは一人じゃないし、エーちゃんにはエーちゃんにしかない強みがあるってさ」

 真っ直ぐな瞳で、仁志希と富士彦が僕のことを見つめていた。僕は何も言えず、黙って頷いた。

 霞みかける視界の中で、もう一度仁志希と富士彦の思いを噛み締める。

「エーちゃんは、他の人より優れているところがあっても、絶対に見せびらかすことをしない。人の痛みを自分のように感じることが出来て、心優しい。いつまでも俺の親友」

 小学五年の運動会の日。あの時、僕の失敗で金メダルを逃してから、僕は変わってしまった。

 周りの期待を裏切ることの怖さを知り、それと同時に、何でも出来ると思い込んでいた自分の高慢さにも気が付いてしまった。
 僕には誰かから称賛を受ける資格なんてない――、そう自分自身に言い聞かせて、いつしか自分自身すらも信じられなくなっていた。

 だけど、今こうして何もなくても、僕のことを気にかけてくれて、僕のことを認めてくれる友達がいる。

 自分の心の流れが変わっていく。温かな感覚が芽生えていく。

 二人の思いが籠められた手作りの金メダルを手にして、ようやくそう思うことが出来た。

<――終わり>

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