[連載小説]問イカケル①

 ***

 ある日を境に、私たちが通う高校の空気は、居心地の悪い異質なものとなった。

 その変化の渦中にいるのが、一週間ほど前まで生徒会長を務めていたアキラだ。

 原因は、先週起こった事件。
 校長先生がアキラとヤマダ先生から聞いた話をまとめたものを、事件が発覚した当日の朝には、全校生徒の前で共有された。
 事件の内容としては、誰かが夜の校舎に窓を割って忍び込み、職員室にあるはずのテストの模範解答を盗もうとしたらしい、というものだ。らしい、というのは、窓ガラスを割っただけで模範解答までは盗まれなかったからだ。
 第一発見者のヤマダ先生によると、割れた窓の近くにアキラはずっといた。しかし、アキラは犯行に使えそうな物を何も持っておらず、その手は怪我や傷を負っていたそうだ。ヤマダ先生に問い詰められたアキラは、自分が窓を割ったなどの犯行を告白した。
 証拠は不十分だが、アキラによる自白と本人が現場に居合わせたことから、ひとまずアキラは容疑者となった。それにより、大学からの推薦も全てふいになり、生徒会長も降りることになった。

 だから、実を言えば、アキラは容疑を掛けられているだけで、百パーセント犯人だと決まった訳ではない。

 事件から一週間ほど経った今でも、先生達は事実を追究すべく行動している。人望も厚く、この高校のために必死に働いたアキラのフォローをしようと、日夜働いている。

 しかし、空気というのは恐ろしいもので、不確かな噂も確かな事実として受け入れるような風潮が、この高校の中で蔓延し始めていた。

 実際、この高校のほとんどの生徒が、アキラのことを揶揄し始めた。そればかりか、アキラはちょっとした嫌がらせも受けるようになってしまった。
 そんな状況に晒されても、アキラは笑って受け流し、生徒会長の時と変わらない真面目さで学校生活を送っている。

 けれど、幼馴染である私はアキラのことが心配で、気が気でなかった。

 私には、家が近所で物心がついた時から一緒にいる幼馴染が二人いる。その内の一人が、アキラだ。アキラは、昔から変わらなかった。生徒会に関われるようになった小学校高学年くらいから、ずっと生徒会に顔を出すような、真面目な人間だった。
 勉強も手を抜くことはせず、運動もしっかりとこなす。大変そうな人がいれば、自分のことを二の次にして手を差し伸べる。周りからの信頼も厚く、アキラは適切に評価され、いくつかの大学から推薦をもらっていた。
 それが、アキラという人間だ。

 アキラは驕ることもなく誠実に学校生活を送っていたというのに、不確かな噂が広がってから、アキラを取り巻く空気は変わった。

 今アキラの尻拭いをするように、副会長や書記や会計の人が忙しく働いている。二年生で副会長を務めるカナイくんと、唯一の三年生で生徒会を全面的にサポートしている書記で同じクラスのマツナガくんは特に大変そうだ。

 生徒会の人だけじゃない。私の周りでも反応は変化している。

 前までは「アキラくんと幼馴染なんて羨ましい」と事あるごとに言っていたくせに、今や「ルリ、あいつの幼馴染なんて可哀想」という声を、直接言われるようになっている。

 もう一人の幼馴染のテツキは、この件について無関心だ。

 テツキもまた、運動も勉強も程よくこなせるような、文武両道タイプの人間だ。アキラほどではないにしろ、いつも成績上位に食い込んでいる。一見すると不愛想に見えるような振る舞いをしているが、一度心を開けば情に厚くなるような人懐っこい性格を持ち合わせていて、アキラとは別の系統で周りから好かれている。
 アキラとテツキは男同士だからか、軽口を叩きあうことが多い。たまにテツキの方が、アキラに対して過剰に噛みついて、口論にまで発展することもある。傍から見れば、犬猿の仲と思われるかもしれない。けれど、なんだかんだ二人が本気で喧嘩をしたことはないし、言葉を交わさない日はなかった。
 そんな二人と並んで歩く時間が、私は好きだった。仲のいい三人組だと周りから言われることを、その通りだと思っていたし、どこか誇らしく思っていた。

 それなのに、この一週間、テツキと話すことはなかった。私だけでなく、アキラと話している様子もない。時折顔を合わせても、何か後ろめたいことでもあるのか、ばつが悪いように顔を背けてしまう。テツキは一人で行動することが多くなっていた。

 幼馴染のテツキでさえも変わってしまうのかと、やるせない気持ちになった。

 学校は、いや社会というのは、失敗した者に対しての風当たりは厳しい。テレビやSNSなどを見てると、わざわざ過去の失態を掘り出してまで、その人のことを叩こうとする傾向がある。一方で、その失敗した人が今までどれだけの功績を立てたのかを忘れ、知ろうともしない。
 まさか自分が現実の問題として受け止めなければいけない日が来るとは思いもしなかった。しかも、その人物というのが、私がよく知っている人間だとは想像さえも出来ていなかった。誰かが誹謗中傷を受けるのは別の世界の出来事なのだと、心のどこかで高をくくっていた。

 みんな、どうして物事を正確に知ろうとしないのだろう。

 事件を起こしたアキラを、何を考えているか分からなくて怖い、と周りは言う。怖いから、退けたい。退けるための免罪符があるから、容赦なく責めることで、心の平穏を得る。
 私からすれば、この空気の方が怖かった。特定の人物を傷つけることで、仮初の、歪んだ平穏が蔓延している。そんな空気に染まりたくなかった。

 だけど、ある意味、私もテツキや周りの人達と同罪だ。

 アキラに寄り添って話を聞きたいと思っていても、高校の近くではアキラのことを避けるようになってしまった。気を遣わなくてもいい家の周りであって、変に意識して、言葉を交わせない。

 それはきっと、我が身可愛さから来ている行動だ。
 誰だって、自分が傷つくことは怖い。火中の栗を拾いに行けるような勇気を、私は持ち合わせていなかった。

 そんな私が、アキラの幼馴染だと――、いや友達だと、果たして胸を張って言えるのだろうか。
 本当の友達なら、その人が苦境に陥っている時こそ、支えるものではないのか。

 最近の私は、そんなことばかり考えている。

――②へ続く

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