エレミヤ書についての御言葉まとめ

旧約聖書 エレミヤ書についての御言葉をまとめました。

たくさんあるので随時更新、追加します!

1998年3月30日(月) 朝の御言葉

 エレミヤ5:1-6は、神様がエルサレムの腐敗した町を御覧になったということです。イエス様が来られる前、預言者の時もイスラエルの民族は腐敗し、罪を侵していた状況を知ることができます。それで神様がエレミヤに「あなたは町を歩いて義人を探しなさい。真理と公平を行う人を探しなさい。義人が一人でもいたら、この町の罪を許してあげよう」とおっしゃいました。

 イスラエル民族は確かに神様を信じていました。しかし腐敗し、悪いことをたくさんしていました。彼らが預言者を求め、預言者の言う言葉を聞いてついて行きさえすればよかったのですが、預言者や神様の人が現れると逆らって一つにならず、むしろ彼らが間違っていると言ったりしました。それで地獄を免れない世界に行ってしまいました。

 エレミヤ預言者は、人間が生きているその姿を見て感じた悲しみや、神様の心情、人間の立場を織り込んで話しました。本当にみんな人生を苦しく生きています。神様の主管圏から離れたら、苦しくて先が真っ暗です。しかし人々はそのことを知らないでいます。神様に仕えることが喜びであることを避けています。

 だからどこで説教しても最後の結論は「神様を信じなさい。再び信じなさい。富、栄華を極めても、神様なしには心霊の喜びはない。それを他の所で満たそうと頑張っても、満たせない。結局は神様の主管圏の中で満たせる」と言います。神様を信じて生きることも一つの生き方で、外の世界での生き方も一つの生き方です。ただ、外での生活は神様の主管圏の生活とはまったく違います。人間というのは、環境が少し違うだけでも、まったく違う生き方をします。

 心は優しくていい人たちでも、神様を信じなくて神様についてあまり大事に思わないでいます。そうしているうちにたくさん打たれたり叩かれたりしますが、それを神様がなさったことだとは知らないんです。神様は鞭を打つとき、環境の鞭を打ちます。環境を通してすべてが決まります。神様は刑罰も、祝福を与えることもできます。祝福を受けたアブラハムと災いを受けたカインらとは大きな差があります。祝福を受けた義人アブラハムの前に行った人たちは、罪人のような僕たちも祝福を受けました。イシマエルやハガルのような人たちも祝福を受けました。このように、神様の人の前に行ったら、僕たちも祝福を受けて花を咲かせる歴史が起こります。主管圏の恩恵というのは本当に大きいです。

 エレミヤ預言者が言ったように、イスラエル民族はエレミヤ預言者を中心とすべきでしたが、むしろその時代の敵と見なしたから、だめになったのです。義人たちがいつも祈ったら、神様はその義人の祈りのことで、彼らの悪い考え方を閉じて下さるとおっしゃいました。より闇の世界にいる人は、いつも、より善の側を攻撃してきます。だからより善の側は、より悪の側を攻撃するよりは、悪の世界のことでいつも祈らなければなりません。神様はいつも生きて働いていらっしゃいます。神様は私たちが行う分に応じて、共にして下さいます。

 

1998年4月3日(金) 朝の御言葉

 今週はエレミヤ5章で、そこには義人の話が出てきます。「この町は見ていられないほど腐敗している。ただ、この町で大事に思えるのは、義人の祈りだけだ。義人を通してのみ解決できる問題だ」とおっしゃいました。

 神様の怒りにぶつかった時は義人以外に解決できる人はいません。代わりに十字架を背負うということは、あまりにも大変なことです。そうするには自分の人生が老いてしまうし、自分が困難を経なければならないからです。聖書に出てくる預言者たちは心を痛め、悩み、苦痛をたくさん受けています。救いというのはただでできるのではありません。イエス様は人々を救いながら十字架につけられてしまいました。イエス様も避けようとしたら逃げられました。それほど歩んでいく道が険しいのです。

 神様が救うのなら怖くないのですが、人間が救うのだから怖いのです。ある人は大変な思いをしても連れていきますが、ある人は連れていけない時があります。その時は力が足りないからです。ある人はすごい罪人でも助かる場合があるし、ある人は義人なのに死ぬ場合があります。それは時期がよくなかったからです。このように人を通してするから、怖いことがあります。人間だから、いつも同じではありません。だからみなさんが責任分担をたくさん負わなければなりません。主が弱い時にぶつかったら、主も力になってあげられません。主も肉体を持っているからです。キリストだから人を救いますが、人間だから弱るときがあります。

 しかし疲れたとしても、民が何も知らなかったとしても、主が民のために祈らない罪を犯してはいけないのです。義人の祈りは大いに力があると言いました。民族のために祈らない罪を犯してはいけないともおっしゃいました。彼らが分かっても分からなくてもしなければなりません。罪人の祈りは聞いてくれません。義人の祈りを通して罪人も祈るようにし、神様のところに行けるのです。自分一人ではできないんです。神様の歴史はこのように進んでいくのです。

 義人が祈って罪人も祈るようにし、罪人も許される歴史が起こるのです。知っている人が責任を負わなければなりません。

 困難や試みがある時は、将来に神様が下さる喜びと理想世界を思って祈らなければなりません。悪口を言われ、迫害を受けて困難にぶつかっても、やっていく方がいいです。そういうことを恐れてやらない人は、自分自身も信仰が危なくなるし、神様との関係も遠くなってしまいます。

 

2011年4月20日 水曜礼拝の御言葉

「主の御心でない道を行くことによって様々な苦痛を受けながら『これが私の運命だ』と思うな」
この主題をもって皆さんに御言葉を伝えたいと思います。

今日の聖書の本文は、エレミヤ書21章8節を見ますと、神様が預言者エレミヤに「あなたたちの前に命に至る道があり、死亡に至る道がある。(エレミヤ21:8)」とおっしゃいました。聖書の詩篇1篇には「義人の道があり、悪人の道がある。義人たちの道はエホバが認めるが、悪人たちの道は滅びる」とあります。

世の中には悪人もいるし、善人もいます。善人でも悪人の道に行けば、道自体が悪の道なので、悪の道を歩んで、さまざまな苦痛を受け、結局は死亡に至って、霊も肉も滅びるようになるということです。反面、悪人でも主が導く命の道に行けば、栄えるようになります。誰でも自分の罪を悔い改め、その行ないが義であってこそ、命の道に行くようになります。

投稿者プロフィール

RIO
東京郊外出身&育ち。先祖代々、東京郊外に400年住み続けてます。保育事業代表。保育士免許&保育園勤務経験あり。家族は認可保育園経営者で、一同 保育園や子供に関係した仕事してます。

高校生の終わりごろ、摂理教会に来てから早23年。
◆年齢:山ちゃんと同じ

教会内のあらゆる役割を経験。祖父、叔父はお坊さん。
 
【好きなもの一覧】
◆食べ物:野菜、味噌汁、卵、ラーメン
◆映画:踊る大捜査線、ジブリ
◆漫画:キャプテン、コナン、るろ剣、ちいさいひと、正直不動産など(あげたらキリなし)
◆キャラ:ピッコロ、剣心、般若、安慈、イガラシ、流川、三井、木暮、赤井秀一
◆ゲーム:ドラクエ、FF
◆芸能人、著名人:YOSHIKI、織田裕二、NON STYLE、サンドウィッチマン、ホリエモン、せやろがいおじさん
◆スポーツ:高校野球、フィギュアスケート
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