最近になって将来のことを考えることが増えました。
どんなことかっていうと、将来自分がどんな仕事をして、どんな姿になりたいか、ということ。
仕事については筑波大4年間でかなり悩みました。自分は結構こだわりが強くて、納得いくまで調べたり勉強しないと気持ち悪く感じるタイプだったので
「大学の教授とかよさそうだな」と考えたりもしました。
そう思って、4年生の時に大学院を受験したのですが、だめでした。
後から考えてみたら、「その先の自分の姿」について、ぼんやりとしかイメージできていなかったな、と思います。
その心を見透かされたのか、神様はその道を止めました。
道をふさがれた本人はどうなのかというと、あまりショックにも感じなかったんですよ。
というのも、最善の努力をしてきたし、本番でも失敗した感じもしなかったし、何よりもお祈りで神様に「神様が望むなら、大学院に行かせてください。でも、間違っているなら止めてください。」ってお祈りをずっとしていたので
落ちた時にも「あ、違うんだな」と素直に受け入れることができました。
とはいえ、院試は10月にあったのと、当時別の問題を抱えていたこともありなかなか就活することができずにいて、ずるずると年が明けてしまいました。
新年の一番初めのお祈りをしたとき、神様に「自分の個性と才能が最も生かされる道に進めるように」というお祈りをしたんですね。
そうしたら、情報を整理してレポートにする作業の依頼がかなり増えるようになりました。自分でもなんでそんなことをやるのか皆目見当が付きませんでした。でも、必要とされないよりされたほうが全然ましだし、何より教会の活動に貢献できている感じがして嬉しくて、やっていました。
そうしたある日、メンバーの人に言われたんです
「NORIくんって文章でまとめるのすごくうまいよね」と。
言われた感想はというと
「え、そうなの?」
でした(笑)
「う~ん、全然そんなこと考えたことなかったな・・・。というか、それは誰でもがんばったらできるんちゃうの?」と思ったんですね。
それをほぼそのままその人に言ったら
「いやね、普通はそんなにうまく文章にできないよ。私は頑張ってやろうと思っても、NORIくんみたいにすっきりまとめて書くなんてできないもん」
と言われました。
「え~、本当にぃ?」
と言われてもまだ思っていたんですが(笑)
そういったほめ言葉をいろんな人から聞くようになったんですね。
いろんな人から同じことを言われるとなると、あ~そうなんだな~、と思うようになるわけで。周りから言われるようになって初めて自分の才能が「文章化」であるということに気づきました。
正確にいうと、「思ったことをそのまま文章にできる力」がほかの人よりも優れているのだと思います。
僕は話すとなるとそれに該当する言葉がすぐに浮かんでこなくてかなりゆっくりになるんですね。(頭のほうは言葉を探していつもフル回転なんですが)
また、いつもどう話したらいいか混乱するので(主語と述語の並べ方とか、修飾語をどこまでつけたらいいのか、とか、伝えたい核心の内容は何か、すっごく意識しないとできない)、文章で伝えられるLINEとかのほうがじっくり伝えたいことを吟味して書くことができる、つまり自分のペースで自分の伝えたいことを書けるので
自然と「文章化」の力が身についたのではないかと思います。(実際にLINEでのやりとりのほうがかなりスムーズに伝えたいことを伝えられる場合も)
自分の才能が「文章化」だって気づいてからは
どうやってこの才能を活かすか?
と考えるようになりました。
様々な道を考えたんですが
文章を書く=ライター だ!という超シンプル思考のもと
今はライターで食っていけないかと
日々研究中です。
どんなことを書きたいか?と言われたら、有名な人を長い期間取材して発言や考えをまとめて本に出したり
自然も好きなので、日本とか、海外とかの森や川、山に行ってその魅力を文章で伝えられるようになりたいなあ、と考えています。
そこまで行くのはかなり難しいかと思いますが
何事もやってみなければわからないし、やらなければ何も変わらない
本当の意味でやりたいことをやりたいようにできるのは若い今しかないと思うので
自分を信じて、個性と才能に気づかせてもらった神様を信じていきたいと思います。