誰だって褒められたら嬉しい。
が。
人の目に触れることのない教会の仕事(使命)は存在する。
学校でも会社でも、どこだったとしても人の目に触れない仕事、役割はある。
私がこの数日間、何をやったかは誰も知らない。
それは教会の中の誰かも同じで。
でも、神様は見てくれている。
これは慰めの言葉でもなんでもなく、真実であることを知っている。
聖書を見ると、イエス様も人の目に触れないことをたくさんされてきた。
聖書がいくら完全といえど、イエス様の幼いころから青年時代の記録は殆ど残っていない。
あれだけ偉大なイエス様でさえそうなのだ。
マタイによる福音書6章1節
自分の義を、見られるために人の前で行わないように、注意しなさい。もし、そうしないと、天にいますあなたがたの父から報いを受けることがないであろう。
人が見ていなくても神様はご覧になっています。信仰というのは神様を中心にすることです。だから全てを神様に見せようとして行わなければなりません。人に見せるためのことではありません。
創世紀から黙示録まで読みますと、形式的なこと、おざなりにしようとしていることは全てだめになりました。
2008年1月30日 主日礼拝のみことば
神様に届けるために、私は続けて頑張る。