[鄭明析牧師]雑草を抜きながら悟ったこと、考えたこと

close up photo of green grass

母は、いつも長い畑を耕しながら、すごく雑草を抜いていました。
 
信仰の世界でそのように農業を営むように、命のために雑草を抜かなければなりません。雑草は、たくさんあるのではないですか。毒麦が出るし、豆の畑には雑草、麦の畑にも雑草、たくさんあります。畑それぞれ雑草が出てきます。刈り入れる時まで雑草を抜かなければいけません。雑草を抜くこと、農業をしながら雑草を抜くことを見ながら、今も私の心の雑草を抜くこと、歴史を広げながら雑草を抜いていくことです。
 
雑草は、自分の心の中にある神様の法から外れたことはすべて雑草ではないですか。そういうものを抜くことです。それでこそ農業が栄えるし、肥料をよく吸います。
 
御言葉を聞いて恵みを受けた時にも、雑多な考え、雑草のような考えをすべて引き抜かなければなりません。
 
2022年2月25日 金曜日 鄭明析牧師

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