松の木の剪定と、チョンミョンソク牧師の足

月明洞 キリスト教福音宣教会 摂理2
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記事を書いた人 カズヤ 東京在住。
自然大好き、歴史大好きな一児のパパ。
技術者として開発職にあたりつつ、世界各地を仕事で回り、世界の歴史や文化体感しつつ、日本で摂理の教会に通う。

今回お話しさせてもらうのは、松の木の剪定を通して自分の矛盾を治すことを悟った出来事です。

ある時、チョンミョンソク牧師に会いに、韓国にあるウォルミョンドンに行きました。到着した時、チョンミョンソク牧師は、運び込まれた松の枝を剪定する作業をしていました。ウォルミョンドンは、先生の生まれ故郷だった場所に、神様に栄光を帰するために、チョンミョンソク牧師やその弟子達によって自然の岩や木を用いた作品で聖殿を作った場所です。長い期間をかけて自分たちで一つずつ心を込めて、木を植えたり、岩を並べて作られてきた場所です。

出典:月明洞公式サイト
月明洞 キリスト教福音宣教会 摂理3

この日も松の木を聖殿に植えるために運び入れて、植える前に剪定の作業をしていたのでした。

これを読んでいる皆さんの「剪定」のイメージは、どんなものでしょうか。

私のイメージは、全体を眺めて少し切り、また眺めては少し切りといった少しのんびりしたものでした。

イメージ画像

しかし、そのイメージとは違って、チョンミョンソク牧師は1秒に1、2回程度の猛スピードで休みなく手を動かしては、普段使うハサミより少し大きな、剪定ばさみで松の枝の先端を切っていきます。

その作業の印象は、一心不乱の一言でした。多くの人がその様子を見守ったり、手伝ったりしていました。

私も近くで眺めていたのですが、しばらくすると「誰か手伝って」という声があったので、私も一緒に作業するチャンスだと思って手をあげて近くに行きました。

すると、少し驚きましたが、チョンミョンソク牧師が乗って剪定の作業をする三脚を、数人と一緒に支える役割をすることになりました。安全に関わる役目だったので非常に緊張しましたが、周囲に気を配りながら不測の事態があってもうまく支えるように集中していました。

イメージ画像 出典:pixabay

作業が進むにつれて、チョンミョンソク牧師も様々移動して私の目の前にきました。支える私の目の前には先生の足。剪定作業では手先に目が行きがちだったのですが、足元をじっくり見た時に、はっとしました。

どこにでもある、地味で安っぽいスニーカー。

土に汚れ、踵はすり減っていました。

靴にはアリが登って入ろうとしており、私はそっとそのアリをどけたりしていました。

多くの人の上に立つ立場のある方なのに、そんな格好でいることに少し意外に思いました。

チョンミョンソク牧師の生活に常に一緒にいるわけではないので全てを知ることはできないのですが、様々な場所を駆け回り、苦労して仕事をしていることを、すり減った靴が物語っていました。

少し話が変わりますが、松の木をなぜチョンミョンソク牧師がこんなにも一生懸命に剪定されていたのか。

少し後に、「この松の木はみんなです。松の木を剪定するように、各自、自分の矛盾を剪定しなさい」と話されました。

チョンミョンソク牧師は多くのメッセージを世界中に送っていますが、言葉だけでなく、こうやって実際に喩えや行動で示してくれながら、その言葉の意味を深く教えてくれていました。

私も少しだけ経験がありますが、剪定ばさみをひたすら握って剪定すると、手がかなり痛くなります。

何時間も梯子に上り下りしていると足も痛くなるでしょう。

どの枝をどれだけ切ったらいいか、判断に迷うこともあるかと思います。

自分の矛盾を切り取って人生を正しく作っていくことは苦労することが多いです。

枝が伸びるままに放っておいたら楽ですが、そうすると太陽の光を遮ってしまったり、雪がつもったりしたときに折れてしまいます。

剪定する時は先の方だけちょっと切って整えるのではなく、無駄な枝はバッサリ切るものだ、ということも学びました。

出典:月明洞サイト
出典:月明洞サイト
出典:月明洞サイト
出典:月明洞サイト

自分の矛盾も体裁だけ整えたらその時はよくても、すぐにまた矛盾の枝が伸びてきて問題が大きくなります。

チョンミョンソク牧師が一心不乱に枝の剪定をした時、松の木は見違えるようにすっきり、美しい作品になりました。

ああ、チョンミョンソク牧師はこうやってたくさん苦労しながら、自分を作ってきたのだな、と感じました。

理想論ではなく、剪定の作業を実際に見せてもらう中で実際に苦労し、美しく作る過程を実際に見せてもらうなかで、人生を美しく作ることを悟らせてもらった出来事でした。

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