礼拝後の人生

礼拝ポンソク牧師

摂理の礼拝は、本当に大事にされます

 
私が摂理に来てから、主日礼拝が無かったことは勿論一度もなく
御言葉が3分で終わるとか、そういったこともありません
大半の時間が御言葉です

 

聖書の聖句を読み、その聖句に基づいて鄭明析牧師、または教会の牧会者が説教します。
そしてこの礼拝は、全てのスタートだとも言われます
摂理礼拝後の全ての人の人生そのものが、礼拝になることを
神様は望んでおられると言います

 

またお祈りした後に人生すべてがお祈りになりなさいともいいます。
つまり、普段の生活に戻った時に何も関係なかったかのように生きることなく
御言葉を行っていくことがとても重要になってきます

 

大学生活で何を目的にして勉学に励むのか
社会人生活で、何を考えながら仕事をするのか
家庭生活で、どれだけ神様と一体になって行うのか
いつも摂理人はこれらのことが頭をぐるぐるまわります

 

だから

「今日、大学で研究発表があったんだけれど、
お祈りしたらいつも以上にうまくいって教授に褒められた
神様が共にしてくれた」

 

「テストでうまくいかなかったけど、
最後まで諦めるなと御子がおっしゃるから次は頑張ります」

 

「仕事で主日礼拝は出られないんだけど、明け方にしっかりお祈りして御言葉を聞いた後に仕事に行きます!
仕事の中で、神様に最大限に感謝を捧げ、神様に栄光を帰します。」

 

「子育てする中で、この子は神様と一緒に育てなくては。
私一人ではなく、旦那と二人だけでも無く、神様と一緒に必ず」
などなどの証が摂理人の中でかわされます。

 

摂理で学んだのは、神様は礼拝の時だけではなく
24時間、いつも私達の人生と心を見守っていらっしゃるということです

 

私達を愛しているから
だから私達は24時間、逆に神様を想いながら神様と共に生活をしていきます。

 

そんなある意味、ささやかな日常、同じように見えても
かけがえの無い神様との全ての経緯、素晴らしい日々になっていくのです。

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