摂理を悪く言う人たちから学ぶこと

摂理を悪く言う人たちは以前からいます。

 

でも。

ホントに摂理を悪く言ってるのか?というと
そうじゃないケースもあります。

 

仕事をしている中で、理由なきクレームというのは少なく
とりかたによっては「悪く言われた」ということもあれば
こちらの責任によって「指導を受けた、改善してほしいという意見を受けた」ということもあります。

 

これはどんな仕事でも、同じですよね。

 

なので、何か批判をうけたとき、悪く言われたとき、
本当に、ただただ悪く言われただけなのか?
その<意見>によって変わるチャンスでもあるのではないか?
見極める必要があります。

 

自分たちが改善すべきこともある、そのチャンスを人を通して神様がくださることもあるかもしれません。

 

だから摂理に対して、教会に対して、何か一見、批判的な言葉を受けたとしても
神様に祈りながら聞いてみることも大事。

 

神様は誰を通して働くか全く分かりません。

 

癌ができる原因があるように、敵も生じる原因がある。誤解したり憎んだら敵になるものだ。
2002-02-17 御言葉より

マタイによる福音書5章44節
しかし、わたしはあなたがたに言う。敵を愛し、迫害する者のために祈れ。

 

自分の誤解によって、自分の憎しみによって
敵ではない人まで、敵にしてしまったら本当に勿体ないこと。

 

自分自身がそのようにならないよう
「もしかしたら、神様が働いてることなのかもしれない」
時にはそのように思って、祈り、改善すべきところは改善することも必要です。

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