月明洞便り 霧の中の林

今日は霧がたちこめています。

 

昔、王たちが名勝地を決定する条件の中には、霧がなければなりませんでした。
霧があるだけでなく、霧が晴れたり、立ち込めたり、調和を成してこそ名勝地として決定しました。


私が開発した月明洞(ウォルミョンドン)自然聖殿も名勝地ですが、テドゥン山一帯、公州(コンジュ)一帯は霧が立ち込めたり、晴れたりします。


霧がかかる名勝地の中でも特別な所は、夏の梅雨の時期に瞬間霧がかかる程度ではなく、梅雨とは関係なく、秋でも夏でも、雲がなくても霧がかかります。


霧が立ち込めたり、晴れたりするととても素敵です。
霧が立ち込めると、山が覆われ、木と岩が覆われて、先っぽだけが見えて、とても素敵です。
名勝地にはそのようなものがつくられます。


月明洞もそのような所です。
月明洞の展望台から見下ろすと霧が立ち込め、八角亭の上の部分だけが見えて、山の頂上だけが見えます。
神様と私たちが一体になったら、そのような背景の中で生きるようなことと同じです。


多くの人が月明洞に来たら、「天国だ」とよく言います。
「まず背景が天国だ」と言いますが、 
私が神様の構想を受けて開発しておいたから
「自然に天国が思い浮かぶ」と言います。


山はもともとあり、石、木、水をつくって、4つをつくったので、そのようになりました。
そこに私が青々とした芝生をつくっておき、一部は庭に磨沙土を敷き詰めておきました。


しかし、そこにいても心が天国でなければなりません。
その日だけ行ってきて、背景だけが天国ならば足が痛いだけです。


「神様に仕えて楽しみ喜んでこそ、本当の天国なのです。」


– 2007年3月7日鄭明析牧師の水曜日の御言葉より –

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