長崎のカトリック教会 浦上天主堂は、原爆で吹き飛びました。
現在の天主堂は昭和34(1959)年に再建されました。
旧天主堂は、明治28(1895)年に起工し、大正14(1925)年に完成するまで、30年の歳月をかけて建てられました。当時は赤レンガ造りの、東洋一といわれた大きな教会でした。
原爆の日、一瞬のうちに爆風で崩壊、火災で屋根と床の可燃物は焼失しました。聖堂、司祭館などは堂壁の一部を残して敷地内にあった聖人像などの石像もほとんどが大破しました。
引用:長崎平和・原爆 周辺マップ
残った遺壁の一部は、長崎の爆心地公園に移設されています。
私が二年前に行った時の写真
この上空500mで原爆は爆発しました。
教会が吹き飛ばされるとは、、、当時のことを考えると、とても心が重くなります。
もう二度と、この惨劇を繰り返してはならないのは誰でも分かることだけれども
長崎の原爆は73年前。
いまはずっと核開発が進んでいます。
旧ソ連が1960年代に開発したある水爆1発で、広島方原爆の3千倍を超える威力があったといわれています。
仮に長崎に、水爆が落ちたらどのくらいの被害になるかというと
黄色 爆風で窓が割れる範囲
その内側 建築物が燃える範囲
更に内側 深刻な放射線被害が及ぶ範囲
更に内側 完全に破壊される範囲
地球上に1万個あるといわれる核兵器。
今この時代に核を使ったら、広島や長崎の原爆より、更に深刻な被害がもたらされるのです。
しかもこれは旧ソ連が1960年代に開発した水爆を元にしたデータ。
今なら・・・?考えたくもありません。
核は必ずボタンを押す人がいて、初めて戦争で使われる。
絶対に戦争だけは起こることが無いよう、本当に切実に祈ります。
戦争をしたら両方とも損だ。敗戦した国は滅び、戦勝国もとてつもない被害を被るようになる。
戦争をしたら、命の損失、経済の損失が大きく、戦争による病気が発生し、伝染病がはやり、それまで建てておいた建物や道路がすべて破壊され、それまで開発したものまですべて破壊されて廃墟になる。小さい砲弾一つ爆発するだけでも、そこは廃墟になる。
原子爆弾とミサイルは一つだけ爆発してもその地域がすべて破壊され、その地域の人たちもみんな死ぬ。原子爆弾が爆発する光を見るだけでも目が見えなくなり、その空気に触れるだけでも肌が腐る。
また、軍人一人が武装したら、民間人、数百人も殺せる。そのような軍人が100万人も出動して戦う。銃弾一発あれば命を奪う。 だから戦争が起こったらどれほど悲惨だろうか。
摂理の御言葉より
過去記事
長崎訪問ー長崎の原爆落下中心碑で