ノーベル賞 生理学・医学賞受賞!大村智博士

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この記事を書いていた時になんと

「二日連続でノーベル賞受賞!」という吉報が舞い込んできた。
<梶田隆章・東大教授にノーベル物理学賞!!>
素晴らしいっ!!
梶田教授の受賞については後日に必ず書くとして、今日は大村先生について書いていく。

「役に立つ物質を作ってくれるのは微生物で、僕は見つけるだけ」
「僕がノーベル賞をもらっていいんでしょうか。」
「私は微生物を研究してきたので、微生物にあげたらいいのではと思います」

とても謙虚で人への思いやりと感謝が深い方、何か人の役に立ちたいとずっと思いながら研究してきたという大村先生。
まずは授賞理由について見ていこう。

目次

3億人を失明の恐怖から救った

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今回のノーベル賞の受賞対象となったのは、アフリカなどの熱帯地方に蔓延していた河川盲目症(オンコセルカ症)の特効薬イベルメクチンの発見・開発による。この病気は<顧みられない熱帯病>と言われていた。

1970年代、静岡県の川奈ゴルフ場近くの土壌から採取した微生物が産生する化学物質を大村先生がメルク社と共同研究。メルク社は動物の寄生虫を劇的に退治する抗生物質を開発。

オンコセルカ症は、ブユが媒体となって線虫の幼虫、フィラリアに感染し、ヒトに盲目を引き起こす。だが、少量のイベルメクチンを1回投与するだけでフィラリアの幼虫を駆除できるのだ。

世界保健機構(WHO)がメルク社から無償提供を受けて年間3億人の人々に投与している。3億人を失明の恐怖から救ったのだ。WHOは2020年にはこの病気は撲滅すると予測している。人々を苦しめていたこの病気で人類が苦しむことは、じきになくなくなるのだ。

大村さんは2004年、ガーナを訪ねた。子供たちが目を輝かせて「メクチザン(イベルメクチンの製品名)!」と叫ぶのを聞き、貢献を実感した。また、失明し、子どもが持つ杖に引かれた高齢者が「薬ができて、子どもたちに自分の病気をうつさなくて済むことが、うれしい」と話したのを聞いた。

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ガーナの子供達に囲まれ、最高の笑顔の大村先生 出典:毎日新聞

 

ノーベル賞受賞者としては異色の経歴

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出典:Tvsvizzera.it

大村先生は、1935年山梨県韮崎市生まれ。山梨大学卒業後、定時制の都立高校教諭となっている。定時制の生徒達は、近くの工場で日中は働き、仕事後は直行で高校で学んでいたそうだ。
生徒達の中には手に油がついた状態で教室に駆け込んできて熱心に学んでいる人もいた。
その学ぶ姿に感銘を受け、大村先生自身も「手に油をつけて、学ぶ生徒たちの姿を見て、『もう一度、研究の道に進もう』」と決意した。
退職し、東京理科大修士修了→山梨大助手→30代で米留学→北里大教授という経歴をもつ。
絵に描いたようなエリートコースを歩んできたわけではないのだ。

 

いつでもどこでも臨戦態勢

大村先生が静岡のゴルフ場で採取したことはよく知られたところとなったが、それはたまたま偶然に採取したものではない。「年間2千~3千株もの土を採取する」という大村先生は会見で「いつでも土が採取できるよう、今でも財布の中にはビニール袋がある」「絶えず持ち歩いて、今でも(土などを)採ったら研究室に送るんです。寝ても覚めても、絶えずそういう気持ちでいる中から、いいものがみつかる」と“臨戦態勢”を強調。

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大村先生がいつも持ち歩いているという財布の中に入った袋

1グラムの土には1億もの微生物がいる。中には薬をつくり出す菌もいるだろう。だが入っている保証はどこにもない。「当たるも八卦(はっけ)、当たらぬも八卦の世界」。それでも、年間3千もの菌をひたすら調べ続けたのだ。

「絶えず新しいものを見つけるぞという心構えが大切。実際にはコンクリートだらけで土なんかない」と笑う。大村先生は「人との出会いを含めて、運が良かった。『チャンスは準備が整ったところにくる』という言葉を信じている」と話した。

大村先生の他の功績・実績

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出典:news.livedoor

大村先生が微生物から発見した化合物は実に約500種類に及んでおり、うち約30種が実用化している。また抗がん剤の研究を大きく進めたとされる「ラクタシスチン」「スタロウスポリン」など微生物由来の化学物質を企業との共同研究で次々と発見した。

感謝と実践の人

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出典:news.mynavi

膨大な作業は、「1人でできる研究ではない」。仲間に恵まれていた環境に大村先生は感謝の言葉を繰り返した。

山梨県出身ということで、山梨への郷土愛も強い。出身地元に温泉を掘り、今ではそのオーナーとなっている。「昔からお世話になった人達に何かの役に立ちたい。温泉があれば皆が喜ぶのではないか。」という思いから温泉を掘ったそうだ。大切にしているのは周りへの気配り、思いやりの心だという。

常に感謝の気持ちを忘れないことで、自身の周りに笑顔の人達を作り出してきた。

大村さんは会見で、学生に向けたメッセージとして、「失敗してもいいからやってみようという気持ちを絶えずおこさなきゃならない。成功した人は、人より倍も3倍も失敗している。だから1、2回失敗しても、どうってことないよと言いたい」と話した。

「言うだけでなく、実行しなくては駄目」。それが信条とのことだ。

 

経緯の人生

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ノーベル賞を受賞したことは本当に凄いことだと思うけれど、それ以上にノーベル賞を受賞するまでどのような人生を歩んできたのか、どのような考えをもって生きてきたのか、その人生の方にも私は興味がとてもある。皆さんもそうではないだろうか。

何事もただではできないと御言葉でいつも学ぶ。

いつでもどこでも臨戦態勢だったからこそ、結果を産んだ。時を逃すことは無かった。

 

平素行なわなければ 自分に随時訪れる機会をすべて逃す。

2014年7月 摂理の御言葉より

 

すべき時にしたら、探すものがそばにあるので、すぐに見つけて成功する。
時を逃したら千里も遠くなる。

2015年9月 摂理の御言葉より

 

そしてノーベル賞をもらうのは、そのことを行った瞬間ではなく、後のことだ。数年後の場合もいれば、何十年後にもらう人もいる。何かを享受、得るまでには時間がかかることが殆どだ。

そのように目先の結果ではなく、<人生の結果>を出すには<人生をどう生きるか>によって異なってくる。自分がどれだけ学んで知っているか、どれだけさまざまに行なうか、しかも最後まで行うのかによって結果は左右される。

今週の摂理の御言葉で聞いたのは、人間が多くのものを得られるように神様は多くのものを準備しているという。でも知らなければ得られないと言った。結果を出す人、得る人というのはいつも正しく知って学ぶ。行って、それを自分で留めることなく伝え、感謝する。

誰でも心を尽くして行なわなければなりません。

2015年10月摂理主日礼拝の御言葉より

私達は人生をかけて何を得るだろうか。神様が準備している多くのものをどれだけ得ることが出来るだろうか。享受できる最後のその時まで目先にとらわれることなく、経緯の多い人生を神様の御言葉と共に走っていきたい。

ノーベル賞を受賞された大村先生の人生を少し垣間見させていただきながら、そのようなことを今日は深く感じた。

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