プチっと切れる寸前、祈ったこと

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あるお客さんとやり取りしていた時のこと。

 

メールにてクレームを受けたのですが、プチーンと切れそうになりました。
「こっちにも言い分あるんだー」
と人格の出来てない私はそのように思いました。

 

直接話せない状況なのが分かっていたので、メールで返すことに。

 

さて、クレームの一つ一つに対し、事情、言い訳?を言おうか?

 

一度書いて、そして祈った後。
全て消しました。

 

祈って神様に聞いてみました。
そのとき、私が見えていなかった部分が見えるようになりました。
私が知らない、そのお客様の裏事情までなんとなく感じるようになりました。

 

そして改めて、謝罪の文章を書き直しました。

 

最後は円満に終わることが出来ました。

 

何でも頭下げればいいというものではありません。
ですが祈って聞いてみたところ、なんか心が落ち着きました。

 

神様が全て解決してくださったんですね。

 

プチンと切れたときほど、神様への相談、祈りってとても必要だなと改めて思いました。

 

元の私の血気盛んな性格のまま接していたら、血みどろ?!の世界になっていたことでしょう。

謝罪を求めず、自分を哀れまず、自立した強い自分を作っていくとき、きっと本当の意味で和睦ができるんじゃないのかな、と思います。
Bride life of the Lord~女牧師の独り言~

 

ホントにそうです。はい。

 

兄弟同士言葉を気をつけなければなりません。舌に気をつけなければなりません。ひそひそと悪口を言ったりしてはいけないということです。絶対これからはそういう事がないようにしなければならないし、心を痛めることを言われてもお互いに憐れんで許してあげなさいと言いました。

 

神様がキリストを通して人々を許したようにしなさい、ということです。神様が私たちのことをたくさん許して下さらなかったらとっくにおしまいでした。神様が私たちを許したように許しなさいということです。

 

イエス様は言葉の間違いがない人でした。言葉の間違いを犯さないためには、一日中神様の御言葉を伝え、残りの時間は賛美をすれば良いんじゃないでしょうか。

 

私も以前は天の前でたくさん間違いを犯しました。「どうして神様はこんな世の中を創ったのか分からない。神様は本当にいるのだろうか。いると思い込んでいるだけじゃないか。」私もへたをしたら神様を信じないところでした。「こんな悪口を言っても何にも怒らないのを見たら、神様も間違いがあるんじゃないか。神様なんかいないんじゃないか。」あれこれ言われるたびにケンカをしたらきりがありません。

 

 先生はたしかに悔しさがつのっているのに、それでも笑って終わってしまうことがあります。
「ケンカをしたら私が負けるんじゃない?」
「いや、そんなはずないです。もし、先生が負けるんだったら、祈ってしまえばいいじゃないですか。神様に叱って下さいと祈ればいいじゃないですか。」
「私が伝道したから、彼らを救うべきであって、もしケンカをして、それで救えなかったと言ったら、神様にわたしばかり叱られる。そしてこのように生きていく方が人格的だ。」
「そうですか。私たちもそのようになるようにして下さい。」
全国、全世界にいる人達はこの御言葉を聞いて、みんな考えが深くなったでしょう。

 

1998-07-05主日の御言葉
舌を制しなさい。聞く人に恵みを

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