明日は他教会で講師してきますー神様に委ねるということ

明日の夜は、他の教会に呼んでいただき、話をしてくることになりました。
数十人が聞くそうです。
その準備のため、今週はほぼ毎日、脳みそ沸騰中です。

 

今回の話の内容は、誰かが原稿準備してくれるわけではありません。
また以前したものでもありません。
自分で準備します。

 

でもまあ、自分で準備するといっても
「神様がやってください。私はただ手足となります。」
とお祈りしながらまとめているので
やってるのは私ではありません。

 

こういうとき、お祈りがなんなのか知っていて、神様に委ねるということがどういうことなのか知っていて
本当に良かったと思います。

 

ただ「神様がやってくださーい」といって寝てたら、何にもできません。
私が明日行って、いったい何を話せるでしょうか。
なんにも話せません。

 

自分の見通しや経験を話して終わることでしょう。

 

自分が思い切り準備する過程に、神様がいて、神様が何を話したいのだろうと考えながら
祈りの中で聞きながら進めています。

 

御言葉を聞く以前の私なら、人前で1時間程、話すなんてありえません。
摂理に来てからも、御言葉の講師はずっと拒否してました。
自信なかったから。

 

今でもお祈りなし、神様なしでは話せる気がしません。

 

しかも明日は初対面の人達もいます。
他の教会ですからね。

 

通常時のRIOさんには無理ですよ。
神様がいて、祈りがあるから出来ることです。

 

脳みそ沸騰中のこの一週間。
明日、より神様が共にしますことを祈り、あともうちょっと準備します。

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