私は物心ついたときには、自分の手に数億円近い資産が手に入ることになっていました。
何の苦労もなく。
資産と、あちこちに賃貸の家が複数。家賃収入あり。
私が生きてる間は困らなさそう。
なんだか詐欺みたいな話ですがこれは本当の話です。
とある家の養女にならないかと
私は小学生の頃からずっと言われていました。
(注:妻じゃないですよ、養女ですよ)
うちの両親が養女に出そうとしていたわけではなく。
親族であるお金持ちの跡継ぎがいなかったので、私に白羽の矢が立ったのでした。
お正月になると、小学生にくれるお年玉の額には到底思えないほどの額を、そのお金持ちの方からもらっていました。
お買い物に一緒に出掛けると、ゼロ一つか二つ、余裕で違いました。
今だったら自分では絶対に買わないだろうという額の、ブランド物の洋服やバックを買ってもらっていました。
(たまにですよ)
思えば夢物語のようなものです。
しかし私は結局、その家に行くのをやめました。
あまり深い理由は無かったのですが。
なんとなく、両親がそこまで賛成しているようにも思えなかったのと
自分としても自分の名字が変わってしまうことがなんとなく嫌でした。
家を継ぐというのはそれなりの覚悟も必要です。
その覚悟もありませんでした。
おそらく私自身が行くことを決めたならば、引き留める人はいなかったことでしょう。
でも私は今でも、後悔をしていません。
ちょっとはもらっておけばよかったと、ちょびっとは思っていますが(笑)
よくいう話ですが、お金があるからといって幸せになるわけでもありません。
お金持ちになってもそこまで幸せそうじゃない人を、たくさんこの目で実際に見てきました。
もちろん幸せそうなお金持ちを見たこともたくさんあります。
そしてお金がなくても何だか幸せそうな人たちを見たこともたくさんあります。
子供心に、お金持ちになることより幸せになることはもっと大変なことなんだなともおもっていました。
どこか冷静に?お金を見つめていた10代だったのかもしれません。
今の私なら、少なくとも数千万はもらって去っていたかもしれません(笑)←ひどい
今の私の人生は札束に満ち溢れてるわけでは全くありませんが
でも神様が本当の幸せを教えてくださったこと自体が、とても幸せなことだなあと思います。
「永遠の幸せが本当の幸せだ」
私の人生は札束に囲まれるような人生ではないけれども、でも永遠の幸せを知れたことを心から感謝します。