インターネットは気軽に発言できる。
気軽に発言できるけれども、大きな巨大なスピーカーと同じで、全世界の人々に届く。
誰も見てないだろうと思っても、ある日、地球の裏側で見てる人がいることがある。
インターネットを使うとき、意外にもその世界が広いようで狭いこと
自分が予想もしてない方に見てもらっていること
忘れちゃいけない。
今もマイクをもって手が震えることがある。
この声が皆に聞こえるから、届くのが分かるから、内容によっては震える。
良い意味で緊張感が増す。
神様は私たち人間に、決して行くことができないような地までも繋がれるように
発信できるように、インターネットを与えてくださった。
世界のどこにいても、御言葉が見れるようにしてくださった。
直接その場に行けたら一番いいけれども、行けなくてもその場の涙の為に祈れるように
画像や動画を瞬時に見れるようにしてくださった。
大企業のメディアじゃなくても、一人一人が発信できるようにしてくださった。
一方で諸刃の剣でもあり、その威力は良くも悪くも甚大だ。
本来使われるべき 神様の御心通りに使えているのか
まず自分自身をまず省みよう。
インターネット上の、顔も知らない会ったこともない、そして私とは関係性が無い発言だったけれども
その発言に衝撃を受け、自分を省みる機会となった。