イエス様 苦しみの中の感謝の人生

2000年前、イエス・キリストが生きていた時、
感謝できる状況だっただろうか。
もし全く同じ人生を自分が生きたと考えてみて
神様に感謝すると言えるだろうか。

 

福音書を見ると、何度も何度も
人々に邪魔をされ、迫害をされ、のけものにされ
揚げ足をとられ、犯罪人扱いされている。

 

十字架につけられる前にも、鞭打ちの刑、しかもこの鞭は
日本人が想像するような普通の鞭では無いと言われている。
鎖鎌のようなものがついた鞭だ。


映画パッションより

 

それでもイエス・キリストは神様の御言葉を述べ伝え続ける。
神様の人であり続ける。

 

どんなに何かされても、イエス・キリストが罪を犯したという記述は無い。
楽に皆が最初から聞いてくれて、楽にイエス様が話すことが出来たのであれば
それが一番良かったのだろう。

 

でもイエス様が生きた時の状況はそうではなかった。
到底、感謝も出来る状況では無かった。
それでも最後まで神様と共に全てを行った。

 

感謝できる状況では無かったのに
感謝できる人生を歩んでいる人を、私は他にも見たことがある。
摂理の鄭明析牧師先生だ。

摂理の鄭明析牧師チョンミョンソク2

 
先生は、感謝できない状況もたくさんあった。
今の状況も普通の人には到底感謝できる状況では無い。
それでも不平不満を言ったということは聞いたことが無い。

 

ある時、牧師さんが一つ話をしてくれた。
「私が、『あの人にこう言われました(><)』と話したことがありました。
でも先生はひたすら私に自分を作りなさいとおっしゃいました。」
これは先生自身がそのように人生を歩んできたから
人に言える言葉。
そうでなければどうして言えようか。

 

ただ気分が良いときに感謝を捧げられるのは誰でも出来る。
でも究極的に悲しくそして悔しい中で
それでも神様に感謝を捧げ、自分を作り続けること
そして人々の為に祈り続けること、御言葉を伝え続けることが
一体誰が真似出来るんだろう。

 

私もどんな状況になっても
ひたすら神様に感謝と喜びの人生を捧げたいと
常々思い、実践している毎日である。

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この記事を書いた人

東京郊外出身、育ち、在住。保育事業代表、保育士資格所持。祖父は寺の住職。
高校生の終わりごろ、キリスト教福音宣教会の教会に来てから早20年超。食べるの大好き、漫画大好き、ディズニー大好き。人生を楽しみながら自由に味わっている。
好きな言葉は「実践してこそ得る」
現在、キリスト教福音宣教会の教会である天運教会ヘブンズフォーチュンチャーチ(八王子市北野町)所属

りおのProfile自己紹介

キリスト教福音宣教会

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