愛する祖父の最期-祖父がくれたもの

私を教育しつつも、殆ど私を叱ることの無かった優しい祖父母。
ずっと健康だったが、90歳を過ぎたあたりで祖父は病に倒れた。

 

私は祖父母と一緒に住んでいて、共働きの父母に代わって
特に幼い頃はとてもお世話になっていた。

 

祖父が倒れて入院した時には、既に私も摂理に来て数年たっていた。
祖父の為にお祈りを捧げていたが
神様の定めた寿命もあり、その身体は終わりの時を迎えようとしていた。

今から10年以上前のことだ。

目次

延命措置をどうするのかの結論

祖父が亡くなる一週間前のことだった。
延命措置をとっていた祖父に対して、祖母も父も母も心を痛めていた。
言葉にすらしなかったけれども、その時折みせる表情が悲しさを物語っていた。

 

祖父はとても苦しそうだった。

 

医者の例えによると
「溺れながら殆ど息が出来ない状態のようなもの」
ということだった。

 

しかし延命措置をやめるということがどういうことか
そんなことは誰でも分かる。

 

祖父の延命措置をどうするか話し合ったのは
父を含めた兄弟達、つまり祖父の子供達だった。

 

父以外の兄弟達は、延命措置をやめたいと言った。
これ以上、苦しませたくないと。

 

でも父は延命措置を続けることを希望した。
私は一緒に住んでいたからより分かる。
父が延命措置を続けたいと思ったということ。

 

そして勿論、父以外の兄弟達、叔父叔母の気持ちも分かる。

 

最終的な結論として、延命措置をやめることになった。

 

祖父は教会に通っていた

祖父は子供の頃、教会に通っていた。

 

祖父は私が教会に関心があるといったときも、反対はしなかった。

 

でも人生の終盤、御言葉は聞いていなかったから
せめて祖父が霊界に行って、御言葉を学べればいいと思い
キリストの画像を最後に見せた。

 

酸素吸入マスクの向こう側で、祖父はその画像を見て笑みを浮かべた。

 

そして数日後、息を引き取った。

 

祖父のお葬式

祖父の死に、祖母は大きなショックを受けていた。
遺体のそばをなかなか離れなかった。
私も離れられなかった。

 

祖父の通夜葬式には、多くの方が駆けつけてくださった。
通夜葬式あわせて参列者は400名を超えた。

 

父母、叔父叔母の職場の方々に至るまで来てくださったので
人数が多かったのもあるが
教師であった祖父の人望が厚かったのも否めない。

 

祖父が亡くなってから、祖父の月命日に毎月、
お線香を上げに来てくださっている方がいる。

 

よくよく聞くと、その方は祖父にお世話になったという。
その方が貧しかった頃、祖父の学校の関係で 祖父とその方は知り合った。

 

まだ子供だったその方に、祖父は優しく接してくれたという。
「私は貧しかったけれども、先生は差別しなかったんです」

 

この言葉の裏には、貧しくて差別を受けた辛い過去があるということが伺える。
このことがあったと分かった時、私は祖父をより誇りに思った。

 

祖父への感謝

祖父は90歳を過ぎて亡くなった。
タバコを吸った過去がなければ、もう少し長く生きれたと思うが
それでも神様は祖父を最後まで守ってくださった確信があるし
祖父自身も懸命に90年を超える歳月を生き抜いた。

 

祖父がいなければ、今の私は当然存在していない。

 

<過ぎた日>に山のように海のようにしてくださった
神様と聖霊様と御子の愛と恵みを忘れて生きて、
<現在>、またもらおうとばかりするのか。

「過ぎた日にもらったもの」を考えて、
感謝し、火をつけて行なってこそ、
それによって「現在の新しい門」が開かれるようになり、
過ぎた日にもらったものがどれだけ大きいのか分かって、
現実において一層大切に使って、喜んで生きるようになる。

摂理の鄭明析牧師 明け方の御言葉より

 

過ぎた日に、祖父を通して神様がくれたもの。
それは今の私自身そのものだ。
だから私自身を宝だと言える。

 

平和と命を大切にした祖父の孫であることを誇りに思う。
祖父の孫にさせてくださった神様に心から、心から感謝を捧げます。

 

常に今日が最後だと言いながら未練なく愛して生きる

色んな意味で
色んな形で
ある日、突然別れが来る時がある

 

それを経験した人は
または経験した人から聞いて自分の経験のように悟った人は
「今日が最後だ」
といつも思って生活をする

 

実際、今日という日は今日が最後であり
いつ来るかと言ったら 二度と来ない
何かの形で離れることがあったとしても
一緒にいるときにしっかり愛で結ばれていれば 信頼関係で結ばれていれば
どんなに距離が離れようとも
決して愛は変わることは無い

 

わたしが世を去るべき時はきた。 わたしは戦いをりっぱに戦いぬき、走るべき行程を走りつくし、信仰を守りとおした。
今や、義の冠がわたしを待っているばかりである。
テモテ第二の手紙 4章 6節から8節

 

最後の時にこのように確信をもって話すことが出来る人は
本当に未練もなく愛することが出来た人だ。

 

愛する人といつ離れ離れになるかも分からない

 

このことを深く悟ってる人は
きっと今までも
そのようなことを経験した人なのではないだろうか

 

あの日、もっとよくしてあげれば良かったと
思うことがあった人なのではないだろうか

 

出会いも突然だけれども
別れも突然来る
本当の最後は神様しか分からない

 

もし明日、私がいなくなっても、または相手がいなくなっても
未練なく後悔無く愛したと
言えるほどに
確信がもてるほどに
愛したい

 

周りの人達、家族、全ての人達
今日もその方は
「最後だ」
と言いながら
最後に向かって走ってはいるが
その愛は反比例するかのように
燃え上がるばかりだ

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