私は、言葉には敏感なほうです。
敏感すぎて以前、病気になったこともありました。
でも考えてみました。
敏感だからこそ発信できることもあるんだなあと。
言葉に敏感なのは長所でもあり、短所でもあります。
敏感な分、強い言葉、相手を傷つける言葉は苦手です。(←大半の人がそうか)
箴言12章6節
悪しき者の言葉は、人の血を流そうとうかがう、正しい人の口は人を救う。
箴言12章18節
つるぎをもって刺すように、みだりに言葉を出す者がある、しかし知恵ある人の舌は人をいやす。
箴言15章4節
優しい舌は命の木である、乱暴な言葉は魂を傷つける。
箴言16章24節
ここちよい言葉は蜂蜜のように、魂に甘く、からだを健やかにする。
凄すぎる。この聖書の聖句たち。
ある人が言いました。
言葉のボールを
「渡す」のか
「投げる」のか
「叩きつける」のか
と言っていた方がいましたが
ほんとにその通りだと思いました。
言いたいことが同じでも。
また、同じ言葉でも誰が発信するかによって違う。
全く関係ない人から言われる言葉より
関係ある人から言われる言葉に深く思うことがある。
マタイによる福音書22章36-39節
「先生、律法の中で、どのいましめがいちばん大切なのですか」。
イエスは言われた、「『心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。
これがいちばん大切な、第一のいましめである。
第二もこれと同様である、『自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ』。
隣人を愛しなさいというこの有名な聖書の箇所。
イエス様!!
2000年前に既にこのことをおっしゃったとは。
あまりにも深すぎます。
隣人を愛したら、世界は平和になるしかない。
言葉の投げつけ、とにかく自分がまず気をつけよう。