教会の人に何でも話せるようになったほうがいいのか?

先日、ある人から
「教会の人にもっと何でも話せるようになりたいんですが・・・」
と相談がありました。

この「何でも話せる」という基準がどこにあるかにもよりますが
私の場合、年齢を重ねていくと「何でも話せる」という相手はほぼいなくなりました。

理由は、いろんな人の悩みや状況を知るにあたり、プライバシーを守る必要があるし
相手との約束上、他の人に話せないことも多々あります。

10代や20代のときより、今の方がそれは増えています。

そういう意味では「何でも話せる」という人はいないけれど
心を許せる人は教会の中にたくさんいます。
とても有難いことです。

私は、「何でも話せるかどうか」ということは今ではさほど気になりません。
私が文字通りの意味で「何でも話す」としたら、それは神様だけです。

この記事を読んでる皆さんは「何でも話せる」相手は誰ですか?(^^)

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