教会の人に何でも話せるようになったほうがいいのか?

先日、ある人から
「教会の人にもっと何でも話せるようになりたいんですが・・・」
と相談がありました。

この「何でも話せる」という基準がどこにあるかにもよりますが
私の場合、年齢を重ねていくと「何でも話せる」という相手はほぼいなくなりました。

理由は、いろんな人の悩みや状況を知るにあたり、プライバシーを守る必要があるし
相手との約束上、他の人に話せないことも多々あります。

10代や20代のときより、今の方がそれは増えています。

そういう意味では「何でも話せる」という人はいないけれど
心を許せる人は教会の中にたくさんいます。
とても有難いことです。

私は、「何でも話せるかどうか」ということは今ではさほど気になりません。
私が文字通りの意味で「何でも話す」としたら、それは神様だけです。

この記事を読んでる皆さんは「何でも話せる」相手は誰ですか?(^^)

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この記事を書いた人

東京郊外出身、育ち、在住。保育事業代表、保育士資格所持。祖父は寺の住職。
高校生の終わりごろ、キリスト教福音宣教会の教会に来てから早20年超。食べるの大好き、漫画大好き、ディズニー大好き。人生を楽しみながら自由に味わっている。
好きな言葉は「実践してこそ得る」

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