摂理哲学?-デ カルト<神の存在証明>からの考察

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我思う、ゆえに我ありで有名な近代哲学の父でありフランスの哲学者、ルネ・デ カルト。
彼が一番こだわったのは神の存在証明だと言われています。
存在証明というとなんだかとても固く聞こえますが要するに
「神様がいることの証拠」
ということです。
ルネ・デ カルトは何故そこまでこだわったのでしょうか。
諸説ありますが。
私は神様を最初から信じていたし、空気のように当たり前のように感じていたので
神様の存在証明を私が考えることも無かったし、正直言って必要ありませんでした(-ω-)
でも。
摂理に来てから、
「元々神様を信じていない」
という日本人が結構多いことに気づきました。

「何?!日本人はそうなのか?!」(人´口`)
摂理に来なければ、こんなにも無神論の国だということを
もしかしたら未だに気づいていないかもしれません。(-ω-)
摂理に来てから、ルネ・デ カルトのように
どうやって神様がいるということを証明するのか考えなくてはいけなくなりました(・Д・`)
御言葉の講師もたくさん今までしてきた中で
神様を信じない人もたくさんいたし
半信半疑の人もたくさんいました。
どうやって証明する?神様のことを?(・Д・`)
でも講師が出来ることはそんなに無いのも、また事実です(-ω-;)

自分が「神様」を捨てることも探し求めることもし、
自分が「愛」を捨てることも探し求めることもする。
<自分の責任>が大事だ。

摂理の鄭明析牧師 明け方の御言葉より

ある大学生の子は全然神様を最初は信じられなくて疑っていました。
でも「神様がいるのなら信じたい」と言いながら
毎日お祈りをしていました。
分からない対象に対してお祈りをするというのは
結構難しいと思います(人´口`)
でもお祈りをするうち、また自分で聖書を読み、
摂理の御言葉を聞くうちに
神様がいるんだと信じるようになったそうです。
神様の存在証明をいくら聞いたとしても
そこでそれを信じるかどうかは本人にかかっているということを
その子を通して学びました(・∀・)V
「信じてください」
と言われて信じられるなら、世界の全員が神様を信じているはずです(-ω-)
無理やりしたものは絶対に長続きしません。

神様は天の責任分担と人間の責任分担とを厳しく分けられた。
救い主を送ってくださることが神様の責任分担であるなら、
その方を信じることは人間の責任分担だ。

摂理の鄭明析牧師 明け方の箴言より

ではどうしたら神様を見つけられるでしょうか?

答えを見つけたいか。
自分が神様と聖霊様と御子を呼び求めることが一番早い。

摂理の鄭明析牧師 明け方の御言葉より

最後は結局、自分次第ですね!!
神様がいるかいないか、必死で探してみたら・・・必ず答えが与えられます!

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