今週、「引き上げは変化だ」という主題で摂理の主日礼拝は行われました
というわけで
摂理に来て私が変化したこと
について書こうと思います。
そもそも論ですが。
私は人の性格が変化できると思っていませんでした。
私は聖書の話が聞きたくて、摂理の御言葉を聞きました。
以前、学んだことは少しあったのですが、受け入れられない部分があったのでその時は聞きませんでした
でも摂理の御言葉は明確で、意外にも理論的な()私にもすんなり聞くことが出来ました
「摂理の御言葉をなぜ聞いたのか」
という質問に対して、多くの人は
「自分を変えたかったから」
というふうに答えます。
私は聖書の話が聞きたく、自分を変えるために聞いたわけではありません
こういう人は日本の摂理人には少ないです。
でも。
御言葉を聞いて、自分の性格は変化していきました
自分の性格は変化できるということを知りました
まずは直すべきところがあるということを気づかせてくれるところからスタートしました。
性格を変化させてこそ、もっと神様と通じることができるようになります。
周りの兄弟姉妹を通して神様が教えてくださったこともあったし
生活の中で気づかせてくださったこともありました。
「和睦しなさい」
「兄弟姉妹と一つになりなさい」
「神様と一つになりなさい」
まだ他にもありますが、どれもこれも自分の性格を変化させる必要があることばかりです。
一番は御言葉を通して気づかせて下さり、
気づくだけじゃなく変化できるように御子がたくさん助けて下さいました
一朝一夕で変化したわけではないですが、徐々に漸進的に変化していきました。
なので私が摂理に来て変化したことの第一は
「自分を変化させることができるということに気づいた」
ということです。
何か嫌なことがあって落ち込みそうな時に
落ち込まないようにさせるわけではなく
そもそも、最初の時点で落ち込まないという根本解決を
摂理の御言葉を通して
祈りを通して
得ることが出来ました。
「臭いものには蓋。自分の悪い性格には蓋。」
私はずっと、蓋を探してたんです。
でも、蓋じゃなくて、そもそも根本の性格を変えることが出来ました。
まだ発展途上。
今後も変化させていきます。自分を