摂理人皆、笑って生きようV(笑顔の教育より)

本当の笑いとは何だろうか?
真(しん)の笑いとは何だろうか?
幸せなこと、うれしいことで笑うことは
真の笑いではない。
患難の絶壁を這(は)い上がりながら
あなた自身を完全に捨てる段階でも笑える人が
真のほほ笑み、笑いの主人公、
笑いの使命者だ。

「真の笑顔」をつくる人、
あなたの心の中でほほ笑み
笑いの声が絶えないようにしよう。

「主よ感謝します」と言って笑ってみなさい。
あなたの顔を笑顔にしてみなさい。
あなたが置かれた限界の問題から抜け出すだろうし
心も考えも転換するだろう。

愛する人たちによって
もっと幸せと笑みがこぼれる生を生きていきたいのだな。
笑いながら生きよう。
愛している。

人を、相手を変えようと思わないで
あなた自身から御子の愛の対象体として
皇太子妃の姿とマナーと人格を
備えて生きればいいのだ。

笑う顔は、私御子が喜ぶだけではなく
あなたの周りの人たちも喜ぶ。
新婦の初めのマナーが
笑顔と明るい表情を備えることだと思って
笑う部署、笑う教会、笑う摂理史をつくろう。

天国に行くと、
聖三位と共に暮らす喜びによって
その愛の世界から来る愛と喜びのエネルギーに
口がふさがる瞬間もなく
笑いが絶えない生を生きるようになるだろう。
地上天国を成して生きるあなたたちだから
幸せと喜びと笑いの生を生きてみよう。
摂理の御言葉より

この人の笑顔は本物だ
と思える人に
出会ったことがあるだろうか。
この笑顔は本物だ
と自信をもって言えるくらい
自分自身、笑ったことがあるだろうか
凄く辛いとき
到底笑えるような状況でないときに
笑う笑顔が
真の笑顔だと言った
私もそういう笑顔の生を
たゆまなく生きていきたい
神様がそばにいてくださるから
だからなるべく笑顔を見せていたい
時には泣いてしまうかもしれない
笑えないかもしれない
それでもそばにいてくださる神様だから
私も笑おう
笑ったらきっと
私にも神様にも
いいことがあるよね
私が摂理でびっくりしたのは
鄭明析牧師が一番大変であっただろう時にも
神様の前では笑顔だったこと
あんな風に人は笑えるんだと思ったこと
私が泣きたくなる時も
優しく笑ってくれていた

人の笑顔は光となり
人の笑顔は愛となり
人の笑顔は癒しとなり
人の笑顔は神様の笑顔の素になる
私が笑うと神様が笑う
神様が笑うと私が笑う

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