教会の中の人の目に見えない仕事

誰だって褒められたら嬉しい。
 
が。
 
人の目に触れることのない教会の仕事(使命)は存在する。
 
学校でも会社でも、どこだったとしても人の目に触れない仕事、役割はある。
 
私がこの数日間、何をやったかは誰も知らない。
それは教会の中の誰かも同じで。
 
でも、神様は見てくれている。
 
これは慰めの言葉でもなんでもなく、真実であることを知っている。
 
聖書を見ると、イエス様も人の目に触れないことをたくさんされてきた。
聖書がいくら完全といえど、イエス様の幼いころから青年時代の記録は殆ど残っていない。
あれだけ偉大なイエス様でさえそうなのだ。
 

マタイによる福音書6章1節
自分の義を、見られるために人の前で行わないように、注意しなさい。もし、そうしないと、天にいますあなたがたの父から報いを受けることがないであろう。

人が見ていなくても神様はご覧になっています。信仰というのは神様を中心にすることです。だから全てを神様に見せようとして行わなければなりません。人に見せるためのことではありません。
創世紀から黙示録まで読みますと、形式的なこと、おざなりにしようとしていることは全てだめになりました。
2008年1月30日 主日礼拝のみことば

 
神様に届けるために、私は続けて頑張る。

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この記事を書いた人

東京郊外出身、育ち、在住。保育事業代表、保育士資格所持。祖父は寺の住職。
高校生の終わりごろ、キリスト教福音宣教会の教会に来てから早20年超。食べるの大好き、漫画大好き、ディズニー大好き。人生を楽しみながら自由に味わっている。
好きな言葉は「実践してこそ得る」

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