「取材を受けました」~「誰か」から聞いた「誰か」

最近、とあるマスコミの方から取材を受けた。
そのマスコミの方はこうおっしゃられた。
「取材を受けてくださって本当に有難うございます。
私達に悪い印象を持っている人も多いのですよ。」

マスコミに対しての疑念は誰でも感じたことがあるものだろう。
しかしながらいざ報道されてみると、それが正しいことのようにそのまま受け入れる状況も多分にある。
自然の摂理と言ってしまうと言い過ぎなのかもしれないが
あまり昔から変わっていないように思える。

マスコミを一概に善とも言えないし、一概に悪とも言えない。
テレビの向こう側に、新聞の向こう側に、インターネットの向こう側。
世の中にはいろんな方々がいるように、「向こう側」にもいろんな人間がいる。
でも一つ言えるのは、「マスコミの向こう側にいるのは人間だ」という事実。

直接会話してるわけじゃないけれども、その「人間」から話を聞いているのと、マスメディアに触れるのは 当たり前のことだがやはり同じことだ。
利権がからんでるとしても、何か複雑な背景があったとしても無かったとしても、いずれにせよ「人間」の話を聞いていることには変わりない。
何が正しくて何が正しくないのか、正しく裂きながら情報を得るようにしようという流れもここ数年か?出来ている。
でもマスコミの向こう側にいるのが人間であるならば、やはり信用してあげたいという思いが少なからずあるのは間違いだろうか。
疑念をもちつつ相手から得た情報と、信じた相手から得た情報、どちらが正しくきちんと得られるのか。
本当にその情報が正しいのかどうなのか、信用たる情報なのかは、その情報の発信源であるマスコミの向こう側にいる人間と直接せっして本当は判断したいものだ。
更に言うならば。
誰かを間に挟まず、直接自分でその事実を確認することが出来るのであれば、最大級に幸いなことだ。
「誰かから聞いた誰かに対しての情報」
一度も会ったことが無い人から聞いた「誰か」に対しての情報。
人は「誰か分からない」ものに対して恐怖を抱く。
この前も、誰もいない山荘から119番があって、
「一体誰がかけたのだろう?」
とオカルトNEWSとして話題になった。

私達は何を信頼すべきだろうか。
情報をどのように判断し、さくべきだろうか。

よかったらシェアしてね!

この記事を書いた人

東京郊外出身、育ち、在住。保育事業代表、保育士資格所持。祖父は寺の住職。
高校生の終わりごろ、キリスト教福音宣教会の教会に来てから早20年超。食べるの大好き、漫画大好き、ディズニー大好き。人生を楽しみながら自由に味わっている。
好きな言葉は「実践してこそ得る」

目次
閉じる