お祈り-命への感謝

聖三位の神様、聖霊様、御子、心から感謝します。
今日も私が生きていることができることに心から感謝します。
命というのは知ってみれば悟ってみれば、本当に貴重なものです。

 

生まれることも貴重、育つことも貴重、維持することも貴重。
奇跡の連続の組み合わせで、奇跡的な命が成り立っています。
これは神様の助けなくして、神様の導きなくして、どうして私が存在するでしょうか。
どうして人が存在できるでしょうか。
どうして自然万物すべてが存在できるでしょうか。

 

命は大変複雑なものであり、ある一つの個性だけあればいいという生き物はこの世には何一つありません。
人間の体一つとっても、顔があり体があります。
この二つだけとっても、既に「一つだけ」ではありません。
内臓も一つだけではありません。
脳だけでは生きていけません。
心臓だけでは生きていけません。
他にもあげれば、本当にきりがありません。

 

自分の身体だけでなく、周りには空気も必要だし、水も必要だし、食べ物も必要です。

 

神様、私たちの命はあまりにも尊いものです。
値段をつけたら、いったいいくらになるのか想像もできません。

 

人間は作ったものに値段をつけます。
また作品などにも値段をつけます。

しかし人間の命の値段は、誰がつけられるでしょうか。
まさしく神様のみです。

神様が命の真の尊さをご存知です。

 

神様がこのように私たち一人一人をあまりにも奇跡的な中で生んでくださいました。
本当に感謝します。

 

生きてるだけで丸儲けという言葉を聞いたことがありますが、本当にそうだと思います。
生きているということは、未来があり可能性があるということです。
今現在が苦しかったとしても、未来が必ずあります。

 

神様、一日も太陽が昇るときと沈む時があり。人生もそのようだとおっしゃいました。

 

人生の日々の中にも「患難期、苦痛期、夜の期間」があります。
この期間を「悪い認識」でばかり考えたら、あまりにも大変です。
この期間は「それまで得て使ったから、ごみが出てきたけれども、そのごみを捨てて掃除する時間」です。
人生を生きる中で、得て享受して生きたから「掃除し、整備する時間」が必要です。
また、得るために「拭(ふ)いて掃除する期間」が必要です。
2016年4月6日 水曜礼拝の御言葉

私自身も、今は人生の中で患難期にあたるのかもしれません。

しかし、その人生は神様が共にする人生だから一方でとても幸せであり感謝です。

 

私の中に悪い認識の種があるならば、どうかそれを全て無くすことができるように助けてください。
今が一体、どういう時なのか、私がはっきりとわかるようにしてください。

神様が与えてくださったこの命を、最後まで守ることができるようにしてください。
患難期だからといって、悪く考え、私が命をおろそかにすることがないようにしてください。

 

神様はいつも希望の言葉を話されます。
私がそれをはっきりとわかることができるようにしてください。

 

この地球上で、絶望に打ちひしがれている人をどうか癒してください。
孤独で寂しい人の心に神様があらわれてくださり、どうか話を聞いてあげてください。

力強く、いま決心して頑張る人の上には、より一層神様が力を与えてくださることを願います。

 

神様、命をこの地上に、私に与えてくださったことを本当に感謝します。
私の人生が最初から最後まで感謝であふれることができるように心から願います。

 

この祈りを、御子主の御名によってお祈りいたします。アーメン

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