こんにちわ。モンタです。
今回は調子が悪くなった時に私がどうしていたのか、ということについて。
(以前も波長の戻し方について触れましたが、今回はもう少し具体的に)
聖三位が離さず、愛し続けてくださって今があると心から感じていますが、
自分なりに試行錯誤しながら生き残るための工夫をしてきたのも大きいと感じています。
その工夫してきた点をご紹介していきたいと思いますが、その前に私の職場環境について少し触れます。
さて、皆さんは職場で上司に暴力を振られ、罵声を浴びせられたことはありますか?
私の社会人1年目の環境は、暴力は時々、罵声は日常、という環境でした。
大学4年間は世の中の人に殆ど触れてこなかったので、「社会ってこういうものか、大変だな」くらいに
思っていたのですが、数年たってあの環境は当たり前じゃなかったんだなということを悟りました(笑)
私は要領を掴んでからは物事を進めたり、応用させるのは得意なのですが、要領を掴むのに時間がかかるので、
他の同期よりも時間がかかり、いつも上司に怒られていたのですが
摂理で鍛えた純粋さと向上心で、とにかく必死かつ素直に仕事に取り組みました。
業務量が多いというよりは要領が悪くてほぼ毎日終電、次の日は朝6:00には家を出るような生活で本当に大変だったのですが、
摂理の中でも分かってくれる人は誰もおらず、むしろもっとできるだろと言われ躓く…というような環境でした。経験ある方いると思います。
その時、本当に助けになったのは同居人(※摂理信仰者)の存在でした。
学生の時はルームシェアをしていたのですが、社会人になる時に親から一人暮らしをするように言われシェアハウスを出ることに。
しかし、一人で住んだら確実に死ぬと分かっていたので、予防線を張るために一緒に住んでくれる人を急きょ募集し、奇跡的に仲の良かった友人と一緒に住めることになりました。
それで大きめの家を借りて二人暮らしをスタートしました。
特にその家で一緒に霊的なことをしたわけではないのですが、
辛い時に話し相手になってくれたことや、何気ない普段の対話が自然と波長を霊的に戻してくれて、
どうにか死なずに生きることができました。
本当に今自分が霊肉共に生きているのは、彼の存在があったからだと、心から感謝しています。
そこで悟ったのは、摂理の中で友達を作ることが本当に大事だということです。
一緒に走る兄弟姉妹はたくさんいますが、自分の本音や辛さを話せる相手はそう多くないと思います。
辛い時や調子が悪い時、主に祈りで告げられたら1番良いですが、私の場合は祈ることができず、むしろ祈りや御言葉は遠ざけており、、、
そういう時でも一緒に住んでいるのでほぼ強制的に話さないといけないし、友達になら辛さを告げることができ、話して辛さを分かってもらうと段々と調子も戻ってきて祈ることもできるようになりました。
まずは肉、という御言葉がありますが
調子が悪い時は祈りや御言葉等の霊的なものに行きつく気力が無いので、肉の兄弟の存在が本当に大きいと感じます。霊的なものに至る気力をくれます。
あとは、何も聞かずにご飯を食べに行ってくれる人や遊んでくれる存在も大きかったです。
とにかく一人にならないこと。これを常に意識しました。
是非やってみてください。