父の急死、その一年後に摂理に出会った

大学1年生の春、父が脳梗塞で急死し、他界した。青天の霹靂だった。

あれほど熱心に生きて、人生に悩み、人によくしてあげ、尽くしてあげ、力一杯精一杯生きていた父があっけなく死んだ。

仕事を休んで家にいる間に、誰に看取られるわけでもなくひとりで死んでいった。

 

お官に横たわる死んだ父を見て、

「本当に、あの世には何ももっていけないんだな・・・」

「この世でがんばることになんの意味があるのか・・・」

「人生を生きるモチベーションはどこからくるのか」などと考えた。

考えれば考えるほど虚しくなり、悲しくなり、やるせない気持ちになった。1か月が経っても、答えは出なかった。

・・・・・・・

 

ちょうどその1年後、
わたしは御言葉に出会う。

「人は何のために生きるのか」

「肉体をもって生きるこの人生は虚しいものではない」
ということを牧師先生は痛快明快にはっきりと語られた。

 

「・・・これだ、、、」とおもった。

そのときから、御言葉はわたしにとって光であり、希望だった。

 

ヨハネによる福音書 8:12
イエスは、また人々に語ってこう言われた、「わたしは世の光である。わたしに従って来る者は、やみのうちを歩くことがなく、命の光をもつであろう」。

 

今もその思い出がよみがえる。

わたしを救ってくださった神様に心から感謝する。

投稿者プロフィール

shin
shin
九州出身。運動すること、賛美すること、が大好きな中堅保育士☆
日常の出来事やこれまで起こった出来事をつらつらと書いていきます☆
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