摂理の東大生 私と最も世界が違う人達

私は
「摂理は東大生中心」とか言われていたら
ほぼ9割9分、摂理には来なかったでしょう。

 
摂理は東大、早稲田など大卒だけ?多様なんですよ、実は(^^)
の記事でも書かせていただきましたが
これは摂理に来る前の、真実な私の心です(笑)
(東大生の皆様、ごめんなさい。これからも仲良くしてください(〃ω〃))
早稲田や慶應とはまた違った印象を東大にもっていました。
一生縁が無いだろうと(-ω-;)
でも摂理に来てから、東大生の人達と接するようになりました。
そうしながら私がそれまで知らなかった東大生の一面も見るようになりました。

 

目次

東大生のコンプレックス

私が意外だったのが
「コンプレックスがある」
ということでした。
(全員にあるのかは不明です^^;私が話した人がということで)

 

東大に入ると上には上がいるということで
コンプレックスに思う人もいるようです。

 

東大生だからコンプレックスなんて持つ必要ないのに
って思うんですけれども。

 

でも自分の性格や生き方について、考えたり思い悩んだりしている姿をみました。

 

また
「私は東大です」
と大学名を名乗るときは少し小声で話す方もいました。
他の大学の人達はそんなことないんですが
凄く控えめに話している人をみました。

 

でもそれらを御言葉で解決していく姿もみました。

 

御言葉を聞く前は控えめだったけれども
御言葉を聞いた後の方が堂々としている姿。
神様も見ていて嬉しいでしょうね。

 

どの大学であれ、どの社会人であれ、変化する姿はやはり希望をもたらします。
私は、今のほうが東大出身の人達とより多く接しています。
やっぱり頭の回転が早いことと、理解力の早さは否めません(笑)
もうこれは東大の個性なのでしょうね。

 

<個性と才能>は能力であり、偉大な資本だ。
摂理の鄭明析牧師 明け方の御言葉より

 

東大ならではの個性と才能がますます輝くことをお祈りします(^^)

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