摂理が高学歴者やエリートの集まりで無くて良かったと思う理由

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摂理はいろんな学歴、職種の方々がいます。

いわゆる高学歴の人、エリートと呼ばれる職種の人達も多くいます。

でも、そうじゃない人もいます。
統計とったわけではないですが、いわゆる高学歴、エリートではない人のほうが多いのではと思われます。

 

私は、摂理が高学歴やエリートの人達だけの集まりで無くて
本当に良かったと思っています。

 

理由は、もし仮に摂理が高学歴者やエリートしか来れないような場所なら
間違いなく、私は摂理に来れなかったからです。

 

もしそのような集まりと聞いたなら
高校生だった私は足を踏み入れることは100%ありませんでした。

 

自分とは違うし、めちゃくちゃ「いづらい・・・」と思うからです。

すっごい失礼な言い方ですが・・・高学歴だから信用する、エリートだから信用するというのは私の中には無いのです。

 

でもまたその逆に、摂理は 私と同じ職種、おなじ学歴?の人達だけでなくても良かったとも思います。

もっというなら、国籍も違ってよかったです。

 

職種も学歴も国籍も関係なく
様々な人々と仲良くなれる。

 

いろんな人々がいるからこそ面白いし、刺激も受けますよね。

 

これは神様からのプレゼントです。

 

学歴や外面的なことについてこのような御言葉があったので、掲載します^^

私たち人間が生きることにおいても、核が抜け落ちてしまってはいけません。お金、縁故、学歴、外見、知識、後ろ盾、実力、技術、すべて重要です。私たちが生きるために、あった方がいいでしょう。けれども、核心ではないということです。

 

核は何かというと、考えです。脳です。皆さんがこの場所にいますが、いくら皆さんが座っていても、今、脳がない人だとしたら、人間だとは言えません。ここまで来ることもできません。お金があって、知識があって、後ろ盾があって、学歴、技術、縁故、健康な体、すべて持っていても、核心である考えが完全でなければ、こうしたものをちゃんと使いこなすことができません。

 

地縁、家柄、いい学歴を持っていて、ある人は外見もきれいだけれども、考えを呼び覚ますことができず、考えをしっかり持っていないから、自分の人生を完全に、価値をもって使うことができないのです。

こうしたことで人生を成功するというのは、必ず限界があります。お金、技術、後ろ盾、縁故、学歴が自分の人生の責任を取ってくれるかのようで、自分の家庭を幸せにしてくれるようですが、こういうところに自分の人生、自分の家庭を委ねたら、大変なことになります。そして、一度転んだら、二度と再起できないくらい、倒れて終わってしまいます。

考えが核心です。

倒れても失敗しても再び立ち上がる人たちを見ると、考えが完全だから、考えが強いからです。失敗しても、考えで失敗しなければ再び立ち上がるようになります。起き上がりこぼしの精神はお金から来るのではなく、バックグラウンドから来るのでもなく、後ろの背景から出てくるのでもなく、他でもない、精神、考えから出てきます。

しかし人間の考えがいくら格好よくても、また限界があります。他の段階、限界を抜け出せる方法が、他でもない神様の考え、神様の御言葉、救い人の御言葉が必要なのです。

2015-08-15 修養会の御言葉より

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