<心と考え>を「正常」にして、存在物も人も見て、接し、判断しなければならない

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

明け方に起きて平素のように歯を磨いて鏡で歯を見たら、少し黄色く見えた。昼は歯を磨いたらきれいに見えるのに、明け方はまた磨いてから見ても黄色く見えた。
歯の色が変わったのか確認したら、明け方に寝て起きて、目がぼやけていて、よく見えなかったのだ。起きて活動したら、また元の視力に戻って、よく見えた。
昼も目を無理して使ったら、瞬間視力が落ちて、ぼやけて見える。
これと同じく、<心>が正常でない時に見たり考えたりしたら、正常なもの、正常な存在物、正常な人も非正常に見え、感じる。
また、相手の心と行ないが正しく見えなくて、正しく判断ができない。

<心と考え>を「正常」にして、存在物も人も見て、接し、判断しなければならない。

-摂理 キリスト教福音宣教会 御言葉より

投稿者プロフィール

RIO
キリスト教福音宣教会のRIOです。
東京郊外生まれ&育ち。数年前からつくば市に在住しています。職業は、子供関連の仕事をしています。
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事一覧

  1. 人間が生きられる土台と状況
  2. 誇示3
PAGE TOP