神様は いつも人間を見ていらっしゃる

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絶対神 神様と聖霊様と御子は、距離に関係なく、天の国においてもいつも人間を見ていらっしゃる。
そしてある時は「一人」に対して、通じようとして訪ねて来られる。
しかし「その人本人」が神様や聖霊様や御子が自分のそばに訪ねて来られたということを分からないから、そのまま行かれる。
だから神様と聖霊様の方から先に呼ぶからといって通じるのではない。人間が「心の門」を開(あ)けてこそ通じる。
全能者なので、人間が心の戸を開(あ)けなくても、必要な時は御力で通じることはある。この時は何か特別な御心がある時だ。一般的な生の中ではそのようになさらない。
だから「本人」が三位のところに行かなければならない。心の戸を開(あ)けて、探し、呼ばなければならない。そうすれば神様と聖霊様と御子と通じる。
三位の立場から人間と通じることがなくても、人間が心の戸を開(あ)けて、三位を探し、「願うこと」を三位に話せば、一方通行で通じる。
神様のほうはいつも開放されている。

-摂理 キリスト教福音宣教会 御言葉より

投稿者プロフィール

RIO
東京都出身。高校生の終わりごろ、摂理教会に来てから早21年。教会内のあらゆる役割を経験。
現在は、つくば市在住。教育関連事業で邁進中。
好きなものは猫。
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