クリスマスとイエス・キリスト-摂理で学んだ本当の意味

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クリスマスとイエス・キリスト-摂理で学んだ本当の意味

日本人あるあるに
「え、キリストって名字じゃないんですか(人´口`)?!」
があげられるはず。
私もバイブルスタディを学び始めた頃、そのように講師の方に話した。
そんなんだから当然、クリスマスの意味についてちゃんと知ったのは
もう少し先のこととなる(-ω-)

 

クリスマスって何でイブのほうが盛り上がるの?

クリスマスがイエス・キリストの誕生日だとは知っていたが
「サンタクロース、ディズニーランド、彼氏彼女」というキーワードのほうが先に頭にあった。

また、幼いころからの疑問が一つあった。
「どうして日本はクリスマスイブだけ盛り上がって、クリスマスは冷めるのか」
あのクリスマスの日になった瞬間の虚しさを感じていたのは私だけなんだろうか。
お母さんに聞いてみたけれども、勿論返事は無かった。

 

摂理に来てから思ったことだけれども
クリスマスに冷めてしまうのは、よくよく考えてみれば当たり前である。

 

クリスマスはイエス・キリストの誕生日。誕生日を祝う日。
(正確には誕生日でないと言われているが誕生を祝うことは間違いない)
それ以外の目的があるとしたら、別にクリスマスじゃなくたっていいわけである。
だからクリスマスがどうあれ、あんまり深く考えなくても自分達に影響はなんら及ぼさない。

 

もう少ししっかりとした理由を言えば
ユダヤ文化の1日の概念は日没後から1日がはじまる。
つまり私達がいう24日の日没後は既に25日なわけである。
だから日本もクリスマスイブが盛り上がってるというわけではなく
クリスマスそのものが盛り上がってると言って過言ではない・・・という風な話もあるが
おそらく日本人でそこまで考えてる人は殆どいないだろう。
私もその一人だったし。

 

何にせよ、日本からクリスマスイブにパーティをするという習慣が無くなることは殆ど無いだろう。
なんとなく幸せで嬉しい日なのは間違いない。
お祝いというかお祭りというか、それがあって不幸なわけではないから。

 

摂理のクリスマスの過ごし方

クリスマスとイエス・キリスト-摂理で学んだ本当の意味1

では摂理ではどんなクリスマスを過ごすだろうか。
クリスマス礼拝がもちろんある。
御言葉がある。
お祈りがある。
讃美歌も歌う。
お祝いするためのケーキも用意する。
クリスマスの飾りつけもしている。

 

何よりクリスマスの意味を知り、イエス様のことを知って迎えるクリスマス
やはり摂理人にとっても特別なものなのである。

ユダヤの地に生まれたイエス様

マタイによる福音書2章6節
ユダの地、ベツレヘムよ、おまえはユダの君たちの中で、決して最も小さいものではない。
おまえの中からひとりの君が出て、わが民イスラエルの牧者となるであろう

アダム以後4000年経って<旧約聖書に出てくる約束>のとおりに、
神様はこの地上にメシヤを遣わした。
それによってこの地上に ‘平和の王、救いの王、愛の王、真理の王’が誕生した。
すなわち ‘イエス・キリスト’だった。

イエス・キリストは神様と御子主が遣わした「メシヤ=救い主」。
しかし、旧約4000年間神様を信じて、神様が来られることを待っていたユダヤの宗教人たちは、神様を信じたから、
「神様は天から雲に乗って来られる」と言って、目に見えるように直接来ると思っていた。

 

だから彼らは、初めからイエス様をメシヤだと思わないで、接した。
「え?神様が来るんでしょ。あいつは人間だ。だから違う。」

 

そうしてイエス様を排斥し、罪人扱いした。
ただ認めなかっただけでなく、罪人として扱ったのだった。
神様が遣わした「イエス・キリスト」を見ることで、
神様の御言葉を聞いて、神様の行ないを見るようにさせたのだが。

 

イエス様の人生

クリスマスとイエス・キリスト-摂理で学んだ本当の意味3

イエス様は‘平和の王、救いの王、愛の王、真理の王’であるにも関わらず、
その人生は決して安定したものではなかった。
今、私達は暖かい部屋の中で、クリスマスケーキを用意し
美味しいご飯も用意し
いつもよりちょっと綺麗で可愛い洋服を着て
皆で楽しんで喜んでパーティするけれども
イエス様の生涯の中でそのような時間はあったのだろうか。

 

誰のことを差別するわけでもなく、イエス様は食事を多くの人と共にした。
しかし
「罪人、異邦人とイエスは食事している」
と非難を受けた。

 

イエス様がひとたび話すと多くの群集が集まったが
イエス様を邪魔しようとして、話のあげ足を取ろうとした人達も毎回のように集まっていた。
それでもイエス様はひたすら、御言葉を伝え続けたし、
人々の助けになろうと誰よりも人々に仕えた。
最初から人々がついていったわけではない。
最初からついていったなら、イエス様はどんなにか楽だっただろうか。

 

クリスマスの本当の意味

クリスマスとイエス・キリスト-摂理で学んだ本当の意味5

クリスマスはイエス・キリストの誕生を祝い、聖三位に感謝し栄光を帰す日。
それが真のクリスマスの意味。
黙示録の最後に
「私はまたすぐに来る」
という記述が残っている。
再び来るキリストを、私達が二度と間違って迎えることが無いよう、自戒を込めて祈るばかりである。
真のクリスマスの意味を分かって迎えられることを深く感謝します。

投稿者プロフィール

RIO
東京都出身。高校生の終わりごろ、摂理教会に来てから早21年。教会内のあらゆる役割を経験。
現在は、つくば市在住。教育関連事業で邁進中。
好きなものは猫。
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