最高に幸いな時代に生まれても

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

最高に幸いな時代に生まれても、行なわない人たちには何の役に立つだろうか。

鄭明析牧師の明け方の御言葉より

 

目の前にめちゃめちゃ美味しい食べ物があって
食べていいよと言われても
食べなかったら
その人にはその食べ物が関係ない。

 

良いコーチを受けても
「やります」
と行わなければ
コーチの存在の意味がなくなってしまう。

 

これと同じく
最高に幸せな時代に生まれても
自分が受けて行わなければ
そのまま通り過ぎていく。

 

正しく教えてくださる方がいて
そして行う自分がいて
はじめて全てが成り立ち、意味あるものとなる。

 

神様が教えてくださる分、最後まで必ず行います。

投稿者プロフィール

RIO
キリスト教福音宣教会のRIOです。
東京郊外生まれ&育ち。数年前からつくば市に在住しています。職業は、子供関連の仕事をしています。
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事一覧

  1. 生きていてこそ「命」だ。生きていてこそ「美しさ」を現わす。
  2. <同じ仕事>をしても、「方法」によって、‐速くやったり、遅くやったり、うまくいったり、うまくいかなかったりもする。 <方法>が「知恵」だ。 自分が好きなとおりにその道にばかり行こうとしないで、「他の方法の道」に行って成し遂げても、「目的地」は同じだ。 -摂理 キリスト教福音宣教会 鄭明析牧師の箴言より

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

CAPTCHA


PAGE TOP