聖書に<兄弟>という表現がたくさん出てきます。
これは、血のつながりがある兄弟だけをさすのではありません。
ではどんな意味なのでしょうか?
神様が「あなたたちは同じ兄弟だ」と言うと、人々は「同じ腹と同じ種(たね)から生まれた人たち」だけを兄弟姉妹と見なす。
大きく見なさい。「神様の一つの体の種(たね)」から、「聖霊様の一つの体の胎」から生まれたすべての人たちだから、みんな兄弟姉妹だ。小さく見たら「自分の家、自分の庭園」だ。民族的に大きく見たら「同じ民族、同じ地」だ。
国家的に見たら「各国の地」が分けられて230あまりの国になる。しかし世界的に大きく見たら「地球という地一つ」だ。
-摂理 キリスト教福音宣教会 鄭明析牧師の箴言より
神様が人々を創られた。すなわち同じ神様から生まれたのだから私たちは兄弟姉妹。
とても深い言葉であり、現実の言葉ですね。
数字から見る兄弟姉妹の意味
紀元前8000年頃、世界の人口は100万人であったと推定されています。
諸説あるので確定はできませんが、今の世界人口73億人からは当然恐ろしく少ない数です。
100万人:東京ドーム約20個分くらい(最大収容人数5万5千人)
↓
約1万年後に
↓
73億人:東京ドーム約1万3272個
これでは<兄弟姉妹>というのも数字上からしても、まったくもって現実の話ですね(´・ω・`)
兄弟の表現が出てくる聖書の聖句
旧約聖書から新約聖書まで、たくさん出てきます。
一部を掲載します。
箴言18章19節
助けあう兄弟は堅固な城のようだ、しかし争いは、やぐらの貫の木のようだ。
マタイによる福音書7章3-5節
なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。
自分の目には梁があるのに、どうして兄弟にむかって、あなたの目からちりを取らせてください、と言えようか。
偽善者よ、まず自分の目から梁を取りのけるがよい。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からちりを取りのけることができるだろう。
マタイによる福音書12章46-50節
イエスがまだ群衆に話しておられるとき、その母と兄弟たちとが、イエスに話そうと思って外に立っていた。
それで、ある人がイエスに言った、「ごらんなさい。あなたの母上と兄弟がたが、あなたに話そうと思って、外に立っておられます」。
イエスは知らせてくれた者に答えて言われた、「わたしの母とは、だれのことか。わたしの兄弟とは、だれのことか」。
そして、弟子たちの方に手をさし伸べて言われた、「ごらんなさい。ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。
天にいますわたしの父のみこころを行う者はだれでも、わたしの兄弟、また姉妹、また母なのである」。