自分の故郷の地域を行き来するのが大変だからといって、山と小川を全部なくして広い道にした。そうしたら木と岩もなくなり、美しさも消えた。高速道路のようになった。
脇に人が通れるようにするために不便なところだけを開発すれば、故郷に変わらずに水も流れ、木も岩もあって美しい。
人生の生もそうだ。楽になろうとして前を遮っている山をなくし、木を全部切ってしまい、岩を全部割ってなくしたら、索漠(さくばく)とした砂漠を歩くようになる。
<環境>も開発、<自分の心と考えと体>も開発だ。
-摂理 キリスト教福音宣教会 御言葉より