全知全能なる神様が自分のところに数十回来られたとしても、自分に有益にならなければ、何の意味もありません。
神様が来られて行かれて、自分に何の助けも与えなかったとしても、神様が必要な仕事をするために来られる場合もあります。
神様は助けるために来られることもあり、ご自身がすべきことをするために来られることもあります。
全知全能なる神様でも、状況を整えれば来られます。
聖霊様、御子、主イエス様もやはり、私たちが救われたとしても、よく存在できるように守り、顧みるためにいつも来られます。
求め、捜し、愛してその中で生きれば、いつも一緒に生きていかれます。
全知全能なる神様も愛して一緒に生きていく生を生きられるので、その中で私たちが生きるのです。
神様は「あなたたちも有益がないことを分別し、してはいけない。あることは未来のために、今は有益がなくても行なって、未来に有益にならせることもある。だから、みんな各自分別しなさい。」とおっしゃいました。
2024年1月24日 水曜礼拝のみことばより一部抜粋