聖書に出て来る神様の人々を振り返って見ると、ノアも神様に仕え近くしていたので、時代を裁く時に「箱舟を作って私の裁きを免れなさい」と言われました。
アブラハムも信仰を守って神様に近くしたことで、いろいろな不義に溺れないで、時代の欲望に溺れないで、栄えることができました。
ヨブは艱難と迫害と苦難の中でも神様に近づいたので、再び回復し、その時代の誰ももらうことのできなかった物質と神様からの理想の祝福を受けました。
イサクも神様のためなら自分の体を捧げ物にしてもいいと思って薪の上に上るほど従順だったので、自分も栄え、子孫も栄えました。
ヤコブも神様に近づき、神様の御心に従っている親の言う言葉に従ったので、どこに行っても栄え、愛と物質の祝福を受け、その時代のみんなが羨ましがる位置で暮らすようになりました。
ヨセフも艱難と苦難を受け汚名を着せられ憎まれながらも神様に近づいたので、多くの艱難を乗り越え、ついにエジプトの総理大臣となって、それまでの汚名も苦痛も歓喜の歴史に変わりました。
ダビデ王も艱難苦難の中で、自分を憎んで苦しめる人がいても、ただ神様の御言葉に聞き従って敵を愛し、忠誠を尽くし神様に仕えたので、ダビデはいっそう栄え、ダビデを憎む人達は自ら滅んで歴史の教訓になりました。
モーセやヨシュアも困難や難しい環境にもかかわらず、神様に近づき神様だけに頼って、自分の民をエジプトから導き出し、カナンの歴史を成せるようになりました。
「死ななければならないなら死ぬ」という執念でダニエルやエステル、イザヤ預言者やエリヤ預言者など、みんなが神様に近づくことで、その時代が耐えがたいほどの艱難・迫害・苦痛を与えても、全てに打ち勝てるようになったのです。
このように神様の歴史の人物で神様に近くしなかった人はいませんでした。
イエス様はその全ての見本で、どんな環境にも死にも屈しないで、神様を愛し近づくことで、十字架の死やどんな苦痛も避けようとしませんでした。ただ神様にだけ近づき生きる道だけを探していかれたが、その道が全人類の命の道になったのです。
2000年11月19日
<主題>神様に近づきなさい より抜粋
説教者:チョンミョンソク牧師

