[Word]「行なったとおりにもらう」ー2026年7月19日主日の御言葉 主日礼拝より抜粋

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2026年7月19日主日の御言葉

主題  行なったとおりにもらう

聖句
新約聖書 マタイによる福音書16章27節『人の子は父の栄光のうちに、御使たちを従えて来るが、その時には、実際のおこないに応じて、それぞれに報いるであろう。』

新約聖書 ガラテヤ人への手紙6章7節『まちがってはいけない、神は侮られるようなかたではない。人は自分のまいたものを、刈り取ることになる。』

新約聖書 ヨハネの黙示録22章12節『「見よ、わたしはすぐに来る。報いを携えてきて、それぞれのしわざに応じて報いよう。』

ハレルヤ!

今週の主日は「行なったとおりにもらう」という主題で御言葉を伝えます。この御言葉で本当に完全に行なって、みんな行なったとおりにもらい、感謝、栄光を帰するみんなになることを祝福します。

万物を愛して万物から愛をもらったら10倍もらい、人を愛して人から愛をもらったら100倍もらい、全能なる神様と聖霊だけを愛して生きたら神様と聖霊から10,000倍の愛をもらって生きます。

人を愛したら、自分より弱ければ助けてあげなければならないし、自分より強ければ助けてもらって生きるようになります。

神様と聖霊と御子と主を愛して生きたら、愛した分絶対にもらい、行なったとおりにすべてもらいます。

この世で行なったとおりに、投資したとおりにもらって生きるように、神様にも投資したとおりに、数千のことでも、数百万のことでも、善か悪か行なったとおりに、一点一画も間違いなく神様がすべてくださるから、私たちはすべてもらいます。

世の中に対してやったことは詐欺に遭ったり、うまくいかなくて没落したりもします。全世界の誰も神様に対して行なって詐欺に遭った人はいません。行なったとおりに神様が与えていない人はいないし、だから、もらっていない人はいません。神様は永遠まで栄えるように祝福してくださいました。

命まで完全にしてくださるかたはただ神様です。

全知全能なる神様と聖霊様は全世界の人が愛しても、すべて報いてくださいます。むしろ全世界が愛しても、足りないとお感じになります。人間が力がなくて愛しきれないだけです。

神様に対しては、期待が外れるから愛せないということがありません。神様は全知全能で、永遠無窮に神様を愛したとしても、自分が愛した愛の百倍はプラスされて受けます。もらい過ぎて手に負えないほどくださいます。力がなくてそれ以上愛せないほどです。だから人を愛さないで、永遠無窮である神様、聖霊、御子の絶対神を愛さなければなりません。

神様にはお世話をすることが一つもありません。神様、聖霊様が病気で病院に行くのにお金が必要だとか、さまざまに面倒を見てさしあげることがありません。はらはらやきもきすることもなく、心配しなくてもいいです。

だからただ主神様、聖霊を愛することです。主神様、聖霊の愛の対象になって神様と聖霊だけを愛して生きる人は、いくら愛しても惜しくありません。

どこに行っても栄えるためには「ただ主神様、聖霊愛」です。

神様は神様を愛する人たちには御言葉の剣をくださいます。その剣をもって成功し栄えるためには、神様と聖霊と御子と主だけを愛して生きなければなりません。ひとすじの愛です。

愛も研究しつつ生きる必要があります。神様の愛が無限な愛です。各自個性どおりに世界最高の愛の王になって生きてください。各自に尋ねてみたら、みんな自分が全能者神様、聖霊、御子、イエス様を愛したと言います。個性の愛です。

神様は個性どおりに神様、聖霊、御子、イエス様を心を尽くして愛する人たちに、その行なったとおりに御力を与えて、行なうようにさせます。

神様は愛する人に神様の権勢までくださいます。その人が天と地の門を閉めることもし、門を開けることもします。その人が開けたら閉めることができず、その人が閉めたら開けることができません。

旧約聖書 イザヤ書 22:22
『わたしはまたダビデの家のかぎを彼の肩に置く。彼が開けば閉じる者なく、彼が閉じれば開く者はない。』

新約聖書 黙示録 3:7~8
『ヒラデルヒヤにある教会の御使に、こう書きおくりなさい。『聖なる者、まことなる者、ダビデのかぎを持つ者、開けばだれにも閉じられることがなく、閉じればだれにも開かれることのない者が、次のように言われる。わたしは、あなたのわざを知っている。見よ、わたしは、あなたの前に、だれも閉じることのできない門を開いておいた。・・・』

ノア、アブラハムもそうだったし、ヨセフもそうだったし、モーセもそうだったし、ダビデもそうだったし、ソロモンもそうだったし、そのほかのすべての預言者もそうでした。イエス様は全人類のメシヤとしてなおさらそうでした。

また神様は、神様を愛し喜ぶ人たちに天使たちとふさわしい人たちを送って、炎のような目で守ってくださいます。

神様は天国で数百億の天人たちに、神様を愛する人たちについて自慢し話されます。

自分の考え、体質になったことが好きでも、間違ったことは絶対的に直さなければなりません。そうしてはじめて善と悪を知るようになります。死から光に出てきてはじめて、自分が住んでいた所が死だと分かります。

神様が始めた新しい歴史を知れば知るほど、新しい時代の理想世界を成します。イエス様の時もイエス様が生きて働きかけた、そのしばしの3年半の間、イエス様のことを分かった人だけが、イエス様に従って新約の理想世界を成しました。イエス様が3年半の間御言葉を伝えたあとは、イエス様が霊でだけ働きかけました。その時は深く祈ってその御心を分かって従った人だけがイエス様を見ました。

いつもその時が過ぎたらその時は二度と来ません。

どんな使命を持ってこの世に来ても、それに伴う時があります。いつの時代でもその時代に遣わした人だけがはっきり時を分かって、時を守って歴史を広げてきました。

時が過ぎたら日が暮れます。人生は一時(いっとき)です。一時(いっとき)の中でその時その時、時に合わせて行なわなければなりません。

時を逃したら、次の時が来なければできません。昨日できなかったことは今日の明け方になってはじめてできるし、先月できなかったことは翌月が来てはじめてできるし、昨年の秋にできなかったことは、また秋になってはじめてできます。これは絶対理致と法則です。

街に出て人々を見たら、みんな似たり寄ったりに見えます。一人一人全部調べて確認してみてはじめて「社長だな」、「会長だな」、「大統領だな」と言うようになります。そうしたときに、それぞれの人について「この人は他の人とは違うのだな」と分かります。

人を知らなければみんな似たり寄ったりに見えるように、歴史も知らなければ新しい時代の救いの歴史が来ても、その歴史も似たり寄ったりに思えます。一つ一つ調べてみたら預言者、中心人物、メシヤが異なるように、旧約、新約、成約が異なります。

分かったら衝撃を受け、気絶します。分からずに信じるからぼんやりしていて、信仰が成長できません。

謙遜に学ばなければなりません。無知を抜け出さなければ無知な世界に行きます。

また自分の霊が生きているところを見たらみんな衝撃を受けます。よすぎるから、あるいは悪すぎるからです。霊界に行って自分の霊も魂も見てみてください。自分がどんなところで生きているのか、隠せません。肉体の行ないどおりに霊も魂も形成されて、それに合うように生きていきます。

天国に行く人は多くありません。

新約聖書マタイによる福音書7:13~14
『狭い門からはいれ。滅びにいたる門は大きく、その道は広い。そして、そこからはいって行く者が多い。命にいたる門は狭く、その道は細い。そして、それを見いだす者が少ない。』

熱心にやらなければなりません。遣わされた人が教えたことを毎日よく学び、自分が熱心にやるのです。心と思いと命を尽くして一つの心で生きるべきです。

旧約聖書 歴代下30:12
『またユダにおいては神の手が人々に一つ心を与えて、王とつかさたちが主の言葉によって命じたことを行わせた。』

このように生きてのみ、霊がその時代に該当する霊界で生きます。

地上で天国を成してはじめて、霊も霊の国、天国に入って御心を成して生きます。地上で新婦の愛で黄金天国を成して生きてこそ、霊が黄金天国に行って生きます。神様の創造目的を成してはじめて、創造目的を成した人たちが行く世界である黄金天国に行って生きます。

自分の信仰で自分の家がつくられます。自分の家がどこにあるか、自分の信仰がどの級なのか気になるなら、誰でも自分の生を裂いて見ればいいです。そうしたら分かります。信仰をした人たちも旧約の信仰をしたならパラダイス級で、新約の信仰をしたなら天国級で、新しい時代、神様の愛の対象、新婦になって信仰をしたなら黄金のような信仰で、黄金天国級です。

神様も歴史をこのように段階別になさったのです。聖書でイエス様が話されたこともすべてその「時」を考えて理解すべきです。

この世も100年前と今とは変わりました。天国も続けてもっとよくがんばってこそ、自分の功績によって、よりよくつくられていきます。

新約、イエス様が来られたとき肉が迎えられなかったけれども霊が迎えたならその人は「天国」に行きます。だからモーセ、エリヤのように霊ででもイエス様を迎えなければなりません。地上でイエス様を迎えたら天国に行くように、霊界で霊たちもイエス様を迎えてはじめて天国に行きます。

この時代も地上で肉が新しい時代を迎えてはじめて霊が「黄金天国」に行きます。霊界でも霊たちが霊として新しい時代を迎え、新しい時代の御言葉を聞いて神様の御心を成してはじめて黄金天国に行きます。

天国も裂いてみたらパラダイスのような所があり、天国があり、黄金天国があります。金も裂いてみたら14金、18金、24金に分けられます。同じ金でも全部異なります。

カナンの地は、モーセがイスラエルの民をエジプトから導き出して、ヨシュアが導いて入った場所です。実際その当時の人たちだからそんなに喜んだのであって、今の人たちがそのカナンの地を見たら、索漠としています。山羊も荒野の獣たちも住みにくい、乾いた地です。開発ができていない、索漠とした場所です。現代人は住めない、地獄のような場所です。

人々は聖書に書かれているとおりに「カナンの祝福の地」と言ったら、乳と蜜が滔々(とうとう)と流れていると思います。エジプトから出てきた人たちが、水もあり、砂漠の荒野よりよい、自分たちの先祖たちが住んでいた土地だから、エジプトよりまさっていると言って「カナンの祝福の地」と呼びました。

エジプトから出てきた彼らにとってのカナンの祝福の地です。先祖たちが住んでいた土地だからそうです。神様はこのカナンの地には乳と蜜が流れるとおっしゃいました。しかし実際に乳と蜜が流れていたでしょうか。言わんとしていることを知らなければなりません。

また人々は開発して住めば乳と蜜が流れると言います。牛を育てて乳を搾り、その乳を飲み、養蜂をしてその蜜を食べるからといって、乳と蜜が流れるのではありません。そのような神様の御心を成したら乳と蜜が流れると見なすのです。

みなさんも過去を考えてみてください。みんなそのような段階を経てきました。

アダムやモーセが生きていたとき、イスラエル民族は天幕を張って住んでいました。いくら神様が選んだ民族でも、今から見ると原始的な氏族でした。今の生の100分の1にも及びませんでした。今の原始人たちはその時よりずっと発達して、その時の原始人たちとは違います。その時は3000年、4000年、6000年前です。地球世界のみんなが原始人の生活をしていました。

いくら神様が選んだエデンの園でも、そうでした。アダムとエバの時のエデンの園は完全に草むらでした。服もなくて裸同然の恰好をして過ごしていました。

韓国も各国も20年前、30年前、50年前、100年前の姿を見てください。生活も考え方も原始人のようにして生きていました。昔は今がパラダイスの世界のようで、天国のようだと言ったけれども、実際に発達してから見ると、以前は本当にパラダイスでも天国でもないのではありませんか。

昔の王たちが富栄華を極めたというけれども、今の人たちが享受している科学と文明の恩恵を受けることはできませんでした。車にも乗れずに、馬車に乗って移動しました。移動するとしても、せいぜい自分の村ぐらいしか行けませんでした。旅行だといっても自分が住んでいる村の地域ぐらいしか行けませんでした。そのようにして「王が来た」と言ったのです。昔の王は今と比べると、1日働いてその日当をもらって暮らすようにしていました。

旧時代は大きな顔をしても旧時代です。いいものを食べて楽しんだといっても旧時代です。いくら王だとしても、今のように食べて暮らしたでしょうか。自分の国の食べ物を食べたぐらいで、世界中の食べ物を食べて暮らしたでしょうか。

王だとしても医学的に把握できないまま食べ物を食べて暮らしたので、早く死ぬこともあったし、医学的に健康管理ができなくてかかるさまざまな病気によって宮殿中に薬の匂いが立ち込めていました。多くの王が40歳、50歳になる前に死にました。

このように昔は文明が発達していないまま生きていました。信仰も昔は発達していなくて、その水準どおりに信じて生きていました。神様は水準どおりに働きかけます。

聖書を読んで、人々はよい所を見たら、よくカナンの地、エデンの園だと言ってきました。当時のエデンの園を見てください。索漠とした草むらでした。開発していない森なのでとても索漠としていました。

どうしてこのように詳しく話しているのか分かりますか?聖書を時代に従って読みなさいということです。

先生は昔から、ダビデのようにならせてください、ソロモンのように生きるようにしてくださいと祈ることはしませんでした。この時代の神様の御心どおりに生きるようにしてくださいと祈りました。イエス様のようになるようにしてくださいと祈りました。

ただ時代の神様の御心どおりになるようにしてくださいと祈るべきです。ただ主の御心どおりになるようにしてくださいと祈った人だけがよくやったのです。

誰でも誰々の信仰のようにならせてくださいと祈らないで、この時代の信仰生活をするようにしてくださいと祈るべきです。

患難を経ながら、神様が自分の個性どおりに祝福したとおりに、最後まで忠誠を尽くせるようにしてくださいと祈るべきです。

今日「行なったとおりにもらう」という主題で話しました。

今は体も黄金天国を成し、霊も黄金天国に行くべき時です。
聖霊の愛の平安を祈ります。

説教者:チョンミョンソク牧師

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